ホーム >> 資料集 >> 南京大虐殺を全否定したい偽右翼集団の総攻撃を受けて
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週刊金曜日2003年7月18号掲載の記事です。


 今月七日、私は次のような裁判の被告として東京地方裁判所で第一回の法廷につきあわされました。もっとも実際に法廷に出たのは代理人弁護士の先生方ですが。訴状を要約紹介するかわりに、『毎日新聞』の報道(四月二八日夕刊)から引用しましょう。
 1937年の「南京虐殺」に関与したとして戦後に処刑された旧日本軍将校2人の遺族が28日、「(将校2人が)殺害者数を競う『百人斬り競争』をした、との報道で名誉を傷付けられた」などとして、毎日新聞社、朝日新聞社、柏書房、ジャーナリストの本多勝一氏に合計1200万円の損害賠償と本の出版禁止、謝罪広告の掲載などを求めて、東京地裁に提訴した。

 訴状によると、東京日日新聞社(現毎日新聞社)は37年11〜12月、「百人斬り競争」をしたなどと報じた。また、本多氏が執筆し朝日新聞社が発行した書籍「中国の旅」「南京への道」で「百人斬り」があったとの内容を載せ、同氏らが執筆し、柏書房が発行した「南京大虐殺否定論13のウソ」も同様の内容を記載した。

 原告側は「遺書などから百人斬りの事実がなかったのは明らかで、名誉を棄損している」と主張している。

 『毎日』も『朝日』も小さい一段見出しのベタ記事ですが、『産経新聞』は翌二九日の朝刊で四段抜きです。ここにすでに『産経』の姿勢が現れていますが、派手なだけではなく、記事自体が原告側を一〇〇%応援する一方的内容となっています。しかも事実に反する虚偽をもとにしている。もともとマトモに相手にすること自体を疑問とする見方もありますが、ことは訴訟にかかわるものですから、放置するのも問題でしょう。原告側の言い分だけを一方的に掲載したあと、さらに自説を次のように加えているのですから。
 「百人斬り」はノンフィクション作家、鈴木明氏の大宅賞受賞作「『南京大虐殺』のまぼろし」(昭和四十八年、文藝春秋)などで虚構性が明らかになり、記事自体が戦意高揚目的だったこともわかっている。(注1)

「戦意高揚」は戦争中のほとんどの記事が当然のことですが、「虚構性」は「明らか」になっていません。単に方法として日本刀の白兵戦みたいなことは無理だと、これは私自身も主張していること、問題は捕虜さえ斬っていないのかです。こんなことは当人たち自身も認めており、ここで論ずる必要もない話ですが(注2)、この訴訟は要するに“偽右翼”の諸氏が、裁判での勝敗なんかよりもキャンペーン自体を目的にしているということです。

 ひとつヒントを申し上げます。これを提訴した側の十七人もの「大弁護団」の中で、中核的役割を担っているとみられる弁護士たちは、今春四月の東京高裁における南京大虐殺関連の判決で完敗した側の弁護士たちと同じ顔ぶれです。この裁判は、南京大虐殺のとき奇跡的に生き延びた李秀英さん(注3)を、なんとニセ被害者だとする本を書いた著者と出版社に対する名誉棄損問題です。その敗訴につづいての、今回の私たちへの提訴でした。

 はじめ私は、この馬鹿馬鹿しい訴訟にまともに対処するつもりはなかったのですが、背景を調べた法律家たちの話を聞くにつけ、これは放置すべきではないことを悟りました。この件を突破口にして、日本の反動化への大きな流れをつくろうとしている。七日の法廷でも、かれらの動員勢力が傍聴席数の倍も現れたので抽選になりました。

 六六年も前のことをムシ返すこうした勢力に対して、私は偽右翼と呼んでいます。なぜ「偽」をつけるか。右翼の定義は時代や情況によって異なるとはいえ、少なくとも真摯な右翼であれば、その基本に「愛国」あるいは「愛民族」的心情の存在が必須でしょう。そうであれば、こんなことをして周辺のアジア諸国から警戒され、反発され、憎まれることによって、将来の日本がまたしても「八月一五日」に到る道を歩むことになり、それはもはや一九四五年当時よりもはるかに深刻な、民族の危機を招くことになりかねず、「愛国」とは正反対の「亡国」をもたらすのですから。


〈注1〉このあと「本多氏はコメント要請に対し回答がない」としているが、この記事が出るまでにその要請は受けていない。

〈注2〉この件を含め南京大虐殺の実態を知らない読者のためにいくつか文献を挙げておく。――笠原十九司『南京難民区の百日』(岩波書店)・洞富雄『南京大虐殺の証明』(朝日新聞社)・同『南京大虐殺――「まぼろし」化工作批判』(現代史出版会)・藤原彰『南京の日本軍』(大月書店)・吉田裕『天皇の軍隊と南京事件』(青木書店)・姫田光義ほか訳『証言・南京大虐殺』(同)・本多勝一『南京大虐殺』(朝日新聞社)・同編『ペンの陰謀』(潮出版)等々。

〈注3〉李秀英名誉棄損裁判については渡辺春己・星徹・本多勝一共著『南京大虐殺歴史改竄派の敗北』(教育史料出版会)参照。


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