Home arrow 資料 arrow 最高裁 被告側 上告受理申立理由書(東中野修道)
最高裁 被告側 上告受理申立理由書(東中野修道)

平成20年(ネ受)第434号 損害賠償等反訴請求事件
申立人 東中野 修道
相手方 夏 淑琴

上告受理申立て理由書

平成20年7月31日

最高裁判所 御中

申立人訴訟代理人弁護士 中島 繁樹
同 荒木田 修

第一 本件は名誉毀損の成立要件の解釈に関する重要な事項を含むものである。

1.本件記述において、申立人(以下、上告人という。)は、「マギー師が昭和13年2月当時フィルム解説文を書くにあたり認識していた『8歳の少女』は相手方(以下、被上告人という。)であったか」ということを問題とした。その結論として、上告人は、①マギー師が昭和13年2月当時フィルム解説文を書くにあたり認識していた「8歳の少女」は被上告人ではなかった、②そのため被上告人は事件の重要な点(被害者の数、家主の名、妹の年齢)について事実(フィルム解説文にいう事実)と相違することを語る結果となった、との指摘をしたのであった。
 上記①の記述は、上告人の史料解釈の論理的思考を示したにとどまるものである。被上告人の名誉を毀損するような指摘ではない。この指摘が「フィルム解説文にいう8歳の少女と被上告人とは別人である」との事実を摘示したものであると解されるとしても、そのような摘示は被上告人の名誉を直接的に毀損するものではない。別人であるとの指摘は、その表現自体に社会的な是非の価値判断を含むものではない。
 上記②の記述は、被上告人が語ったとされる話と「事例219」や「フィルム解説文」の話とが微妙に食い違っているという指摘にすぎず、ここで指摘された3点の食い違いの内容は事件自体の存否を左右する事実ではない。被上告人の供述はマギー師の「フィルム解説文」を基準とするかぎり不正確であるというだけのことである。それ自体、被上告人の名誉を毀損する内容ではない。
 上告人は更に、「被上告人は事実を語るべきであり、事実をありのままに語っているのであれば証言に食い違いの起こるはずもなかった。」と記述した。これは「被上告人は事実をありのまま語るべきである。」との意見を述べたにすぎない。被上告人の名誉を直接的に毀損するような表現ではない。その表現には「被上告人は事実をありのままに語っていない。」という指摘が含意されているとしても、それは「被上告人が虚偽を語っている。」とまで指摘したのではない。本件記述は被上告人が被害者を装って故意に虚偽の事実を語っているというような表現を採ったものではない。
 以上のとおり、本件記述の表現は抑制の利いた形式で書かれている。被上告人の言うような「ニセ被害者」との指摘や、「ニセ証言」との指摘ではない。

2.前述のような類型の行為は、従前の裁判例においては定型的に名誉毀損の構成要件に該当しないものとして取扱われて来たものである。社会生活上の言論は多かれ少なかれ、他人の社会的評価を低下させるに足る内容を有するものである。そのような言論のすべてが名誉毀損の不法行為を構成するはずはない。どのような実質的要件を具備していれば不法行為を構成するのか、明確な定義づけが必要である。

3.原判決(判決書6ページ)は、「本件記述は第1審原告が、………虚偽の証言をしているとの事実を摘示するものである。」とした。本件記述中には「被上告人が虚偽を語っている」との表現はないのであるが、仮に原判決の言うような意味にとられるとしても、その表現は所詮、「上告人は被上告人の言うことを誤りであると考える」という趣旨である。そのような表現は定型的に名誉毀損の概念に該当しないものである。通常判決文において「○○の証言は信用しない。」との表現がとられることがあり、これは「○○は虚偽の証言をしている。」と言うのと同義であっても、これが名誉毀損の表現とされることはないのと同じことである。

第二 原判決に最高裁判所の判例と相反する判断がある。

1.最高裁平成9年9月9日判決(判例時報1618号52ページ)は、「ある事実を基礎としての意見ないし論評の表明による名誉毀損にあっては、その行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあった場合に、その意見ないし論評の前提としている事実が重要な部分について真実であることの証明があったときには、人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものでない限り、その行為は違法性を欠くものというべきである。」としている。
 原判決は上記判例に反する結論を導いている。

2.本件書籍の記述は、日中戦争の歴史的経緯という公共の利害に関する事実について、その真実を学問的に究明するという専ら公益を図る目的を持つものである。そして上告人は結論として《被上告人は事件の重要な点(被害者の数、家主の名、妹の年齢)について「事例219」や「フィルム解説文」にいう事実と相違することを語った》との見解を述べたが、その見解は人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱するものではないし、その前提事実である《マギー師が昭和13年2月当時フィルム解説文を書くにあたり認識していた「8歳の少女」は被上告人ではない》との事実の重要部分については、真実であることの証明が可能である。

3.上記の真実であることの証明は、(1)フィルム解説文に9点にわたる内在的疑問の存すること、(2)本件書籍の中で分析しているとおり夏夫婦の子である「7-8歳の妹」は刺殺されたと解釈されるので、生き残った同年齢の「8歳の少女」は夏夫婦の子ではないはずであると推理されること、(3)マギー師自身が昭和13年1月26日の「8歳の少女」との面接の後、最初に書いた日記(当月30日付)において、「家主哈の8歳になる娘は………助かりました。」としており、その8歳の娘の姓を「夏」ではなく「哈」であると書いていること、(4)被上告人は昭和4年(西暦1929年)5月5日生まれで、新路口事件当時(昭和12年12月)中国式の年齢(数え年)で9歳であり、フィルム解説文中の「7-8歳の妹」(数え年)が被上告人である可能性はないこと、等から十分に可能である。
 したがって本件名誉毀損行為は違法性を欠くものである。

第三 本件は名誉毀損の違法性阻却事由の解釈に関する重要な事項を含むものである。

1.本件記述は日本軍第114師団兵らが冤罪であることを主張するものである。冤罪の主張は、たとえそれが目撃証人の不名誉となろうとも、人身攻撃に及ぶなど反論としての域を逸脱したものでない限り、許容されなければならない。この点は違法性阻却の一事由として検討されるべきである。

2.冤罪の嫌疑がかけられたとき、人は第一に無条件に無実を主張する権利が認められなければならない。その無実を証明する証拠が存在しない場合でも、無実の主張自体は許容される必要がある。無罪推定の原則はこれを前提とする。冤罪回避のための無実主張の緊急避難行為は違法性を欠くと考えられる。

3.原判決は、「仮に、本件記述の執筆及び本件書籍の発行に、第1審被告らの主張する上記目的(日本軍第114師団兵らが冤罪であることの主張)があり、これをもって、公益を図る目的に出たものということができるとしても、本件記述が、第1審原告の名誉を毀損し、第1審原告の名誉感情を著しく侵害するものである以上、第1審被告らにおいて、本件記述が真実であることを立証しない限り、上記目的を有することのみをもって、違法性を欠くということはできない。」とする。この論理は冤罪攻撃から防禦をする場合にも反論に証拠を要求しようとするものであり、社会的に全く妥当性を有しないものである。

最終更新日 ( 2008/11/08 土曜日 20:55:23 PST )
 
< 前へ   次へ >