Home arrow 資料 arrow 最高裁 被告側 上告理由書(展転社)
最高裁 被告側 上告理由書(展転社)

平成20年(ネオ)第398号 損害賠償等反訴請求上告事件

上告人 株式会社展転社
被上告人 夏淑琴

上告理由書

平成20年7月30日

最高裁判所御中

上告人訴訟代理人 弁護士 高池勝彦

 頭書事件につき、上告人は下記のとおり上告理由を提出する。

 記

第一 民事訴訟法第3 1 2条第1項 憲法違反

1 原判決は、本件書籍の著者東中野修道の、表現の自由(憲法第21条第1項)及び学問の自由(憲法第21条第1項)に対する侵害するばかりではなく、上告人株式会社展転社(以下、本理由書において特に断らない限り単に上告人という)の同じ憲法上の権利をも侵害するものである。

2 表現の自由は、その性質上、最大限に尊重されなければならないことは言うまでもないが、原判決(原判決が前提としている第一審判決)は、「問題とされる表現が、人の品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的評価を低下させるものであれば、これが事実を摘示するものであるか、又は意見ないし論評を表明するものであるかを問わず成立し得る」ものとし、ただし、記述が、公益目的でなされ、摘示された事実が真実であると証明されたどきは違法性がなく、または、その証明がなかったとしても、「その行為者においてその事実を真実であると信ずるについて相当の理由があるときには、その行為には故意もしくは過失がなく、結局、不法行為は成立しない」との、昭和41年6月23日の最高裁判決を引用して、いずれにも該当しないと判断しているのみで、本件記述(第一審判決4頁の①ないし③の記述)のみならず、本件書籍全体の記述の抑制された穏当さが、どの程度被上告人の社会的地位を低下させることになるのか比較考量がまったくなされていない。

3 この点で、沖縄集団自決出版差止等訴訟の大阪地裁判決(判例時報1999号3頁)とは対照的である。同事件では、著名な作家である被告大江健三郎の『沖縄ノート』と題する著書の中で、大東亜戦争末期に、沖縄慶良間列島の座間味島及び渡敷島で発生した住民の集団自決について、大江は、両島の守備隊長が自決命令を発したとし、それを認めない守備隊長について、「自己欺瞞と他者への瞞着の試み」、「人間としてそれをつぐなうには、あまりにも巨きい罪の巨塊のまえで、かれはなんとかして正気で生き伸びたいとねがう」、「かれのペテン」、「およそ正視に耐えぬ歪んだ幻想をまでもいだきえたであろう。このようなエゴサントリックな希求につらぬかれた幻想にはとめどがない」、「およそ人間のなしうるアイヒマンのように、沖縄法廷で裁かれてしかるべきであったろう」などと描写した。大阪地裁は、守備隊長による自決命令は認められないとしながらも、このような被告による守備隊長に対する罵詈讒謗について、その内容が、いたずらに極端な揶揄、愚弄、嘲笑、蔑視的な表現にわたっているとはいえないと判断した。

4 大阪地裁のこのような判断と、本件の原判決の判断とは、表現の自由についてまったく相反する。

5 次に、原判決は、学問の自由についての判断をまったくしていない。本件書籍は、歴史の研究書であり、その対象は歴史的事象である。被上告人もいわば歴史上の人物である。本件書籍は、被上告人個人の身辺に興味を抱いたものではなく、歴史上の人物である被上告人の体験といわれるものを分析しただけであるから、単なる表現の自由以上に、学問の自由との関連で、被上告人の名誉がどのように害されたのかが判断されなければならないところ、そのような判断はまったくなされていない。

6 それどころか、原判決(原判決が前提としている第一審判決)は、本件記述(第一審判決4頁の①ないし③の記述)について、研究目的で執筆されたとの観点から公益目的で記述されたことは認めたものの、表現の自由、学問の自由については、ほとんど言及していない。むしろ「東中野の原資料の解釈はおよそ妥当なものとは言い難く学問研究の成果というに値しないと言って過言ではない」(第一審判決30頁)とさえ述べている(原判決においては、「およそ」以下を、「不合理であって、妥当なものということができない」と変更している)。

第二 民事訴訟法第3 1 2条第2項第6号 判決に理由が付せられていないこと。

1 上告人らは、原審において、マギーフィルム解説文が、マギーの創作話であると主張し、立証を求めたのに、原審は、上告人らの立証を許さず、「本件記述は、フィルム解説文がマギーの創作話であることを前提とするものではないから、同事実の存否は、本件の結論に影響を及ぼさず、弁論を再開して、第1審被告らに、上記立証の機会を与える要を見ない」と判断した(原判決7頁)。

2 この判断は、二重の誤りを犯している。第一に、「本件記述は、フィルム解説文がマギーの創作話であることを前提とするものではない」との点において、第二に、「同事実の存否は、本件の結論に影響を及ぼさ.|ないとの点において。

3 第一の点、本件記述は、明確には、確かに「フィルム解説文がマギーの創作話であることを前提とするものではない」が、それをも含むものであることは明白である。なぜなら、本件書籍は、歴史の研究書であるから、歴史の事実について疑問を呈するということは、その存否をも含むからである。すなわち、仮に事実であったとしても、フィルム解説文に記載されている「8歳の少女」は被上告人であるとは判断できないということであるのである。

4 第二の点、フィルム解説文がマギーの創作話であることが証明されれば、当然、被上告人がフィルム解説文に記載されている「8歳の少女」は存在しないことになるのであるから、名誉毀損の前提条件である真実性の証明がなされたことになるからである。

最終更新日 ( 2008/10/17 金曜日 12:35:01 PDT )
 
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