Home arrow 資料 arrow 最高裁 被告側 上告受理申立理由書(展転社)
最高裁 被告側 上告受理申立理由書(展転社)

平成20年(ネ受)第429号 損害賠償等反訴請求上告受理申立事件
上告受理申立人 株式会社展転社
相手方 夏淑琴

上告受理申立理由書

平成20年7月30日

最高裁判所御中

上告受理申立人訴訟代理人 弁護士 高池勝彦

頭書事件につき、申立人は下記のとおり上告受理申立の理由を提出する。


 本件は法令の解釈に関する重要な事項を含むものであるところ、原判決には、法令の解釈適用を誤った違法がある。


一 原判決の誤りないし理由不備について

 原判決(原判決が前提としている第一審判決)は、「問題とされる表現が、人の品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的評価を低下させるものであれば、これが事実を摘示するものであるか、又は意見ないし論評を表明するものであるかを問わず成立し得る」ものとし、ただし、記述が、公益目的でなされ、摘示された事実が真実であると証明されたときは違法性がなく、または、その証明がなかったとしても、「その行為者においてその事実を真実であると信ずるについて相当の理由があるときには、その行為には故意もしくは過失がなく、結局、不法行為は成立しない」との、昭和41年6月23日の最高裁判決を引用して、いずれにも該当しないと判断しているが、その判断には名誉毀損成立要件の解釈適用について著しい誤りがある。


二 真実性の証明について

1 上告受理申立人らは、原審において、マギーフィルム解説文が、マギーの創作話であると主張し、立証を求めたのに、原審は、申立人らの立証を許さず、「本件記述は、フィルム解説文がマギーの創作話であることを前提とするものではないから、同事実の存否は、本件の結論に影響を及ぼさず、弁論を再開して、第1審被告らに、上記立証の機会を与える要を見ない」と判断した(原判決7頁)。

2 この判断は、二重の誤りを犯している。第一に、「本件記述は、フィルム解説文がマギーの創作話であることを前提とするものではない」との点において。第二に、「同事実の存否は、本件の結論に影響を及ぼさ」ないとの点において。

3 第一の点、本件記述は、明確には、確かに「フィルム解説文がマギーの創作話であることを前提とするものではない」が、それをも含むものであることは明白である。なぜなら、本件書籍は、歴史の研究書であるから、歴史の事実について疑問を呈するということは、その存否をも含み、仮に事実であったとしても、フィルム解説文に記載されている「8歳の少女」は原告であるとは判断できないということになるのである。

4 第二の点、フィルム解説文がマギーの創作話であることが証明されれば、当然、原告がフィルム解説文に記載されている「8歳の少女」は存在しないことになるのであるから、名誉毀損の前提条件である真実性の証明がなされたことになるからである。

5 原判決が、申立人らの立証を制限したことは、違法であるから、上告を受理して証拠調べがなされるべきである。


三 相当性について

1 原判決(原判決が前提としている第一審判決)は、真実と信ずる相当の理由の有無について、本件記述の執筆者東中野が、フィルム解説文の、bayonettedを「突き殺した」と訳したことが、解説文の前後関係から不自然であり、「銃剣で刺した」と解釈したほうが、「8歳の少女の身元も傷を負った状況も素直に理解される」とし(第一審判決29頁、「東中野の原資料の解釈はおよそ妥当なものとは言い難く学問研究の成果というに値しないと言って過言ではない」(第一審判決30頁)とさえ述べている(原判決においては、「およそ」以下を、「不合理であって、妥当なものということができない」と変更している)。

2 第一審判決は、相当性について、ほとんど解説文の前後関係だけを解釈して判断しているが、申立人東中野は、bayonettedが二様の解釈が可能であることを当然前提とし、かつ、解説文だけでは完全には説明できない部分があることを承知で、他の史料とあわせて、「突き殺した」と訳したと解釈したのである。bayonettedの訳については、後述する。

3 第一審判決は、本件書籍執筆当時、「8歳の少女」が相手方ではないとの理解が一般的ではなかったから、そのように解釈した申立人らが引用している『貧困なる精神G集』や、『南京難民区の百日』のような資料があったとしても一般的とはいえないから相当性が認められないと結論している(第一審判決31頁)。しかしながら、当時この問題について、上記2冊はいわゆる新路口事件について代表的なものであり、これだけでも十分一般的と言えるのであって、原判決はなぜ言えないのかの判断をまったくしていない。

4 あまつさえ、当時、原審において、申立人らが主張したように、7、8歳の少女とその妹とあるのは、重要な文献において「7、8歳の少女とその弟」とされているのである。原判決は、「第1審被告らは、原審においては、新路口事件で生き残ったのは姉妹であることを前提に、相当性の主張をしていたことからすれば、本件記述を執筆、出版した際にも、生き残ったのは姉妹であることを前提としていたことは明らかであるから、上記のような理由で、本件記述が真実であると信じていたはずはなく」、相当性がないと判断しているが、これは誤りである。「8歳の少女」が被上告人ではないという重要な文献や、さらに姉妹ではなく、姉弟であるとの重要な資料などが、bayonettedの解釈にも大きな影響を与えたのである。ひいては、「8歳の少女」が被上告人ではないと信ずるに至ったのである。原判決はこれらの重要な点を無視している。

5 そもそも、申立人らが原審において主張したように、「フィルム解説文」にある「8歳の少女」の証言内容の真実性は極めて疑わしい。なぜならば、この8歳の少女は、「玄関」「客間」「(客間の)隣の部屋」の少なくとも三箇所で起こった無差別殺戮の一部始終を一人で目撃し、自ら3箇所を銃剣で刺され気絶するほどの重傷を負いながら、その後二人の姉が何人の兵士に強姦されたかまで数え上げたと主張しているのである。これは場所的、時間的に明らかに不自然である。このような話は、わずか8歳の少女の語った内容とは考えられず、第三者による誇張ないし作文を疑うのが常識的判断ではないだろうか。

6 さらに、解説文がはたしてマギーが書いたものであるかどうかも疑わしい点がある。申立人らは「8歳の少女」の物語はマギーの創作であることを主張したが、その主張とマギーが解説文を書かなかったとの主張は矛盾しない。この点、後述する。

四 bayonettedの訳について

1 前述のとおり、原判決(原判決が前提としている第一審判決)は、真実と信ずる相当の理由の有無について、東中野が、フィルム解説文の、bayonettedを「突き殺した」と訳したことを、誤りであると断定し、したがって相当性もないと判断しているのであるが、この判断は誤りである。

2 申立人らは、第一審における準備書面(第3)(平成18年12月1日付)において、以下のように主張した(14頁)。

 原告代理人は、本件記述において被告がフィルム解説文にある「bayonetted」という動詞を「銃剣で突き殺した」と訳したことを批判し、これは「銃剣で突いた」と訳すべきであるとしている。しかし、「bayonet」という動詞には「銃剣で突き殺す」という意味がある。いずれの意味であるかは文脈で定まるのである。
 マギー師のフィルム解説文においては、新路口事件に関する記述以外の記述も含めて観察すると、そこで使用されている「bayonet」という言葉は、名詞であれ動詞であれいずれの場合も、ほとんどkilledとか、deathとか、recoveredとか、will recover という他の言葉を伴って、生死がわかるように説明されている。上記の説明語を伴っていないときでも文脈によって生死がわかるように説明されている。
 そこでこの新路口事件についてのフィルム解説文の記述を検討すると、最初の殺人で家主が殺され、2人、3人と殺されてから、4人目がbayonetされた。次の5人目もbayonetで殺され、つづいて6人、7人、8人と殺されて、9人目と10人目と11人目がbayonetされた。更にもう1人の子供が殺された。すなわち、12人の被害者のうち、4人目、5人目、9人目、10人目、11人目がbayonetされたと書かれている。この10人目の被害者が「7-8歳の妹」である。説明文の文脈は、最初から最後まで殺人の叙述と考えるのが自然である。したがって、ここでbayonetはすべて、銃剣で突くではなく、銃剣で「突き殺す」の意味であると解するのが相当である。

3 以上をさらに詳説する。まず、乙第2号証から原文を掲げる。

 The soldiers then bayonetted another sister of between 7-8, who was also in the room. The last murders in the house were of Ha's two children,aged 4 and 2 years respectively. The older was bayonetted and the younger split down through the head with a sword. After being wounded the 8 year old girl crawled to the next room where lay the body of her mother. Here she stayed for 14 days with her 4 year old sister who had escaped unharmed.

 この原文に見合う邦訳を石田勇治編訳『資料ドイツ外交官の見た南京事件』から引用する(ただし、原文の人名Ha(哈)は「馬氏」となっている。これは申立人東中野も同様である。当時は、古いタイプのためHとMの判読が難しかったことは第一審で述べた。これも当時の研究資料からはやむを得ない判断であった。)(甲第3号証の2、177頁)。

 さらに兵士たちは、部屋にいたもう一人の七、八歳になる妹を銃剣で刺した。この家で最後の殺人の犠牲者は、四歳と二歳になる馬氏の二人の子どもであった。年上の方は銃剣で刺され、年下の方は刀で頭を切り裂かれた。傷を負った八歳の少女は、母の死体が横たわる隣の部屋まで這って行った。彼女は、逃げて無事だった四歳の妹と一四日間そこに居続けた。

 前述のとおり、単語の意味は、文脈によって決まる。その意味で、原文及び訳文で注目するべき語句は、それぞれthe last murders(最後の殺人)である。これは、この語句の前と直後で語られているのが全て殺人だと解釈できる。以上二つの理由から、another sister of between 7-8 (もう一人の七、八歳になる妹)も殺されたと訳したことに何の不自然もない。

4 むしろ上記石田訳のほうが不自然な訳となっている例を挙げる。先に引用した原文の前に、十六歳と十四歳の少女が暴行を受けたことに関する記述があり、それに続いて次のような記述がある。

 The younger girl was bayoneted also but was spared the horrible treatment that had been meted out to her sister and her mother. (乙第2号証)

 石田訳では、「年下の少女(14歳の少女、代理人注)も銃剣で突かれたが、姉と母に加えられたようなひどい仕打ちは免れた。」となっている(甲第3号証の2、177頁)。
 東中野訳では、「下の少女も銃剣で突き殺されたが、母や姉の受けたぞっとするような扱いは免れた。」(本件書籍241頁)
 ところが、この説明文の最後(乙第2号証に続く文章、証拠としては提出していない。甲第31号証の1の原本には掲載されているが(210頁)、210頁の部分は証拠としては提出されていない)には、次のような記述がある。

 The picture shows the bodies of the 16 and 14 year old girls, each lying with a group of people slain at the same time. Mrs. Hsia and her baby are shown last.

 石田訳では、「このフィルムは、同じころに殺害された人の屍の群に横たわる一六歳と一四歳の少女の死体を映し出している。夏夫人と彼女の赤ん坊は最後に映し出される。」となっている(甲第3号証の2、177頁)。
 以上の石田訳を読むと、14歳の少女は、実は死んでいたのに「銃剣で突かれた」だけだと誤解される可能性がある。東中野訳では、「銃剣で突き殺された」その少女の死体であると完全に理解することができる。石田訳は、7、8歳の少女が殺されたことにしないためかどうか、14歳の少女についても「銃剣で刺した」とだけ訳して、読者を混乱させたことになるのである。

5 以上のとおり、bayonettedの訳を主要な根拠として相当性を認めなかった原判決の判断は誤りである。


五 マギーフィルム及び解説文の成立について

1 前述のとおり、マギーフィルム及び解説文の両方とも、マギーが制作したかどうか疑問がある。

2 マギーフィルムについては、フィッチは、昭和13年1月19日朝、6時40分南京発の日本軍の軍用列車に乗ったとして、次のように書いている(『南京事件資料集アメリカ関係資料編』、乙第47号証347頁)。

 私はそのとき、灰色のラクダの毛のオーバーの裏地に、虐殺場面を撮った一六ミリのネガフィルムを八リール(ほとんどは大学病院で撮影したもの)を縫い込んでいたので、少し気を使った。上海に着いたならば、私の荷物は疑いなく軍当局に念入りにチェックされるであろう。もし彼らが、これらのフィルムを発見したら何がおこるだろう。
 幸いにして、それらは見つからなかった。上海に着くとただちに、フィルムを複写するためにコダック営業所へ持っていった。そのすっぱ抜きのフィルムの大部分は、アメリカ聖公会のジョン・マギーによって撮られた(彼はのち、ワシントンの聖ジョンズ・アメリカ聖公会の司祭になった)。虐殺はあまりにもおぞましかったので、それを信じてもらうためには、フィルムを見てもらう必要があった。コダック代表は急いで四セットを作成してくれた。

3 このようなことが可能であったのか。まず、このフィルムは現像前のものかどうか。現像前のフィルムをオーバーの裏に縫いこむことなどできるであろうか。現像後のものであれば、当時、南京にはフィルムの現像所がなかったとされているので、いつどこで現像したのか、など様々な疑問点がある。そもそも、フィッチが1月19日朝、列車で南京を離れたとの記述には疑問がある。
 なぜならば、ラーベ日記によると、フィッチは、1月29日朝9時に、イギリスの砲艦ピー号で南京を離れたのである(甲第5号証212頁)。このことは、女性宣教師で金陵女子大学教師であったミニー・ヴォートリンの日記『南京事件の日々』の1月30日の項に、「わたしたちの郵便物を積んだイギリス砲艦でジョージ・フィッチがきのう上海に向かった」と書かれていることからも裏付けられる(同香144頁)。

4 フィッチが南京を離れた日にちや南京でフィルムを現像できたかどうかについて、他の資料から様々な推論が可能であるとしても、マギーフィルムの成立過程についても疑問があることが重要である。そのような疑問があったうえで、本件記述を導き出す相当性を否定した原判決には、相当性の解釈について重大な違法性があるのである。

5 解説文の英文は、ピッツバーグ生まれでエール大学卒業のアメリカ人であるマギーが書いたものとは思われない誤りを含んだ文体である。英語国民(いわゆるネイティヴースピーカー)が言いたものではない可能性がある。たとえば、四の3で引用した文章のanother sister of between 7-8 (もう一人の七、八歳になる妹)の文章などは、意味が分かるとしても of が不要であるので文法的には不自然である。


六 新路口事件発生自体の不自然性およびその他の疑問点

1 この点も、新路口が激戦の中心地であったこと、しかも12月13日はまさに南京入城当日であること、それ以前に、住民は新路口付近からの退去命令により、ほとんど無人であったことなどを、申立人らは原審において主張した。

2 原審および第一審で主張したように、東中野は、本件記述を執筆するにあたり、多くの疑問点をあげ、分析した。原判決は、それらの疑問点には一切眼をつむり、フィルム解説文の訳と前後関係に分析のほとんどを費やして、相当性がないと判断した。解釈の誤りであるといわなければならない。

3 いずれにしても、著者である東中野が分析のうえ、意見の表明として本件記述を執筆し、申立人株式会社展転社は、このことを考慮して本件書籍を発行したのであり、十分相当性があるものである。


六、おわりに

 本件書籍のように、研究発表を目的とした書物のなかの歴史的証人に対する疑問の呈示については最大限表現の自由が認められるべきである。なぜなら、歴史学において多くの議論が尽くされることが真実発見につながるのであり、本件においても訴訟中に新たな史料が提出された。これらの議論は、自由な開かれた場所でなされるべき事柄であって、裁判所という場所にはなじまない。本件記述には相手方に対する人格非難など含まれてはいない。東中野が、「8歳の少女と夏淑琴とは別人と判断される」と分析するについて、立証活動を制限して相当性までも否定した原判決には法令適用上の違法性があるので、最高裁において、本件の本質に即した判断がなされることを望む次第である。以上

最終更新日 ( 2008/10/15 水曜日 00:15:13 PDT )
 
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