| 東京地裁 一審 判決 |
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平成19年11月2日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官 反訴被告 株式会社展転社 主文 1. 反訴被告らは,反訴原告に対し,連帯して350万円及びこれに対する平成18年5月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 事実及び理由 第1 請求 1. 反訴被告らは,反訴原告に対し,連帯して1200万円及びこれに対する平成18年5月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要 本件は,「『南京虐殺』の徹底検証」と題する書籍(以下「本件書籍」という。)の記述により名誉を毀損され,名誉感情を侵害されたと主張する反訴原告(以下「原告」という。)が,執筆者の反訴被告東中野修道(以下「被告東中野」という。)と発行者の反訴被告株式会社展転社(以下「被告会社」という。)に対し,共同不法行為に基づき慰謝料1200万円の連帯支払と謝罪広告の掲載を求め,これとは別に,被告東中野に対し,本件書籍の翻訳書が発行されたことによる慰謝料300万円の支払を求めた事案である(遅延損害金の起算日は反訴状及び請求拡張の申立書がそれぞれ被告らに送達された日の翌日)。 1 前提となる事実(証拠を掲げない事実は,争いがないか弁論の全趣旨により認められる。) (1) 原告について ア 原告は,中華人民共和国(以下「中国」という。)江蘇省南京市に在住する女性である。 (2) 本件書籍について(甲1,2,6,7) ア 平成1O年8月15日,被告会社から本件書籍が発行された。本件書籍の著者は被告東中野であり,同被告は亜細亜大学の教授(政治思想史・日本思想史等)である。本件書籍は,平成18年12月末日現在,第5刷まで総数約1万2900部が発行され,日本国内で頒布されている。 (3) 本件記述について(甲1) 被告東中野は,本件書籍において,「南京安全地帯の記録(一)」の事例219(昭和12年12月13日ころ,南京市内の新路口において,夏(シア)家と哈(Ha,ハー)(なお,後述する資料では馬(Ma,マー又はマア)とされている。)家の人々が日本軍兵士によって殺害され,その場にいた「8歳の少女」は負傷しながらも生き残ったとされている事件。以下「新路口事件」又は「本件事件」という。)を取り上げ,この事例の「(生き残った)8歳の少女」について次のように記述した(末尾括弧内のカギ括弧部分は本文中の小見出し。以下, (1) ないし (3) の記述を一括して「本件記述」という。)。 (4) 本件事件に関係する当時の資料等 ア 昭和12年(1937年)12月12日,日本軍が南京市に侵攻し,翌13日,南京は陥落して日本軍に占領された。当時,南京市民の多くは日本軍の侵攻に備えて市内から脱出したが,市内に留まった一般市民の避難場所を確保するため,南京在留の欧米人が南京安全地帯国際委員会(以下「国際委員会」という。)を組織し,市内の一画を安全地帯(避難地帯)として指定した。この委員会の委員長はドイツ人のジョン・ラーべであり,委員には,ジョン・マギー師(宣教師で国際赤十字南京委員会委員長。以下「マギー」という。)らがいた。(甲1・52~53頁,甲54の1・2) イ マギーは,南京が陥落した後,昭和13年1月ころにかけて陥落後の南京市内の状況を16ミリフィルム(動画)で撮影し,新路口事件についても,同月下旬ころその現場(遺体は他の場所に移されていた。)に臨んで撮影をするとともに,「8歳の少女」,近所の者,被害者の親戚の者から事情を聴取した。この結果,新路口事件に関する当時の資料として次のものが残された。 (ア) マギーフィルム(甲8)とフィルム解説文(甲3の1,乙2) (イ) マギーの日記(甲31の1,2,乙13) (ウ) マギーの手紙(甲46の1,2) (エ) フォースターの手紙(乙12,24) (オ) ラーべの日記(甲5・213頁) (カ) 「南京安全地帯の記録」(乙1,5) ウ このうち,本件書籍において直接検討が加えられているのは,(ア)のうちのフィルム解説文及び(カ)の事例219である。 (5) 本件訴訟に至る経緯 原告は,平成12年11月27日,中国南京市の人民法院に,本件と同様の主張に基づき,本件の被告らに対し,日中両国の主要な新聞において公に原告に謝罪し80万元の賠償金を支払うこと等を求める訴訟を提起し,この訴状は平成16年4月に被告らに送達された。
2 争点 (1) 本件記述は原告の名誉を毀損し,原告の人格権を侵害するものか
3 争点に関する当事者の主張 (1) 争点(1)(名誉毀損・人格権侵害の有無)について ア 原告の主張 (ア) 名誉毀損・人格権侵害について (イ) 本件行為の名誉毀損性・人格権侵害性
イ 被告らの主張 (ア) ある記述が名誉毀損となるのは,摘示した事実そのものが他者の名誉を毀損する内容を有する場合であり,本件の場合でいえば,「原告(夏淑琴)は被害者を装って故意に虚偽の事実を語っている」との事実を摘示したような場合である。 (イ) 本件記述は,原資料の記録(フィルム解説文)に依拠しつつ,そこに内在する問題点を詳細に検討した結果,「『8歳の少女』と夏淑琴(原告)は別人と判断される」との意見ないし論評を述べ,また,フィルム解説文を基準とする限り原告の供述は不正確であることを指摘し「原告は事実をありのまま語るべきである」との意見を述べたものにすぎないのであって, (1) 「『8歳の少女』は夏淑琴と別人である」という事実を述べたものではない。そして、「8歳の少女」の属性である名前に関する判断は,名誉を毀損するような評価ではなく,被告東中野の主観的な論理思考を示したにとどまるから,これにより原告の社会的評価が低下したとも思われない。仮に,本件記述が (1) の事実を摘示したと解されるとしても,その表現自体に価値判断はないから名誉毀損にあたらない。 (2) 争点(2)(本件記述は違法性を欠くか)について ア 被告らの主張 (ア) 本件記述は,日中戦争の真実を学間的に究明するという専ら公益を図る目的を持つものであり,表現の形式において妥当であり、内容において相当の根拠を有するものであるから,不法行為の要件としての違法性を欠く。すなわち,
(イ) 個人が自己の事実認識について見解を述べる自由は、わが国の法制度の基本であり(憲法21条),とりわけ学問研究者にはその研究成果を発表する自由について特別の保障が与えられている(憲法23条)。被告東中野は,亜細亜大学において政治思想史,日本思想史を講ずる研究者であり,本件書籍は,現在も論争が続いている歴史上の南京事件について,その真相解明のために書かれた研究書である。仮に,本件書籍中の本件記述によって原告の社会的評価が低下することがあり,違法性が認められるとしても,その程度は微弱であり,学問の自由の保障の下では,訴訟手続によって損害賠償責任を課することを相当とするような違法性はない。 イ 原告の主張 (ア) 「公益を図る目的」とは,表現行為が公共の利益を図ることを主たる目的とすることを指し,その判断は,名誉毀損事実自体の内容,性質から客観的に判断するだけでなく,表現方法や事実調査の程度なども考慮して決せられるべきとされている。ところが,被告東中野は,フィルム解説文を誤訳し,誤訳から生じてくるフィルム解説文の前後の文脈の矛盾や,資料間の矛盾もあえて無視しているばかりか,原告に直接取材を行うことすらしていない。そして,被告東中野は,故意に原告をニセモノに仕立て上げて誹謗中傷するために,意図的にフィルム解説文を誤訳しているのである。このような被告東中野の執筆態度が公益を目的とするにふさわしい真摯なものであったとは到底いえない。
(イ) 「研究」の名を称していても他人の名誉を傷つけることが許されないことは当然であり、表現の自由と人格権の保障については,名誉毀損と真実性の証明あるいは相当性の問題としてその調整が図られていることは周知のとおりであり,研究成果の発表というだけで違法性が否定されるものではない。 (3) 争点(3)(真実と信ずるについて相当の理由の有無)について ア 被告らの主張 (ア) 被告東中野は,最も早い時期の最も詳細な原資料をその意見ないし論評の基礎としており,その資料解釈の論理的思考は極めて妥当であって,被告東中野の判断には相当の理由がある。 (イ) 本件書籍が出版された平成1O年当時,本件書籍以外の刊行物においても,フィルム解説文にいう「8歳の少女」は原告ではないと解釈されていた。すなわち,本多勝一は「7,8歳になる妹」は「8歳の少女」とは別人であって銃剣で刺殺されており,「8歳の少女」は家主マー(哈)の娘であると解釈していた(平成3年9月朝日新聞社刊「貧困なる精神G集」110頁)し,笠原十九司も,平成7年及び8年発行の南京難民区の百日」255頁において,本多勝一の説に賛同しつつ,同人の上記著書を引用し,「殺害されたのは,さらに夏淑琴の父と馬という姓の家主とその妻と彼らの7,8歳の女の子である」としており,両氏とも「8歳の少女」と「7,8歳になる妹」をはっきり区別し,「7,8歳になる妹」は殺害されたと明言している。すなわち,被告東中野が本件書籍で記述した内容と同一の見解が平成1O年当時一般的に存在した。 イ 原告の主張 (ア) 被告東中野は,資料を正確に読まず,前後の文脈を無視し,原告に関する取材活動をせず,資料もなくありもしない仮想に基づいて不合理かつ無理な解釈を強引に展開しており,その資料解釈が妥当とは到底いえない。 (イ) 被告らが指摘する本多勝一の著書は,「bayonet」を「刺し殺す」と理解したための間違いを含んでおり,生き残った「8歳の少女」を「マー(ハー)」家の娘であるように説明している。しかし,同人は,「この『シア』一家は,拙著『南京への道』に出てくる夏淑琴さんの場合の可能性もあるかもしれない」と注記していた(後に両者は同一人物であるとの解釈を行っている。)。なお,被告らが指摘する笠原十九司の著作は,上記本多勝一の著書を引用した部分であって,笠原十九司の著述ではない。これら書籍から,「8歳の少女」が原告とは別人であるという見解が一般的に存在していたとは到底評価できない。 (ウ) 被告東中野は,西洋史を専攻し,西ワシントン大学客員教授や西独ハンブルク大学客員研究員を務め,ドイツ語書籍の翻訳の経験も有し,書籍の執筆にあたっては多数の英文資料に目を通して,英文の論文や国際学会での発表も行っている。にもかかわらず,被告東中野は,要するに「8歳の少女」がシアの娘ではないという,事実を歪曲した結論を作出するために,「bayonet」の単語に2つの意味があることを利用して意図的な歪曲を行ったのであり,摘示した事実が真実であると誤信した相当な理由があるとは到底認められない。 (4) 争点(4)(損害額及び謝罪広告)にっいて ア 原告の主張 (ア) 原告が被った被害は,単に金銭賠償だけではなく,被告ら作成の謝罪文の掲載によって回復されるべき性質のものである。 (イ) 被告らは,本件書籍の発行によって被った原告の精神的損害に対する慰謝料として,少なくとも1OOO万円を支払うべきであり,また,弁護士費用として200万円を支払うべきである。 (ウ) さらに,被告東中野による本件書籍の台湾版及び英語版の出版によって,原告の名誉及び名誉感情はさらに広範な読者との関係で毀損,侵害されたから,被告東中野は,これによる慰謝料として別途300万円を支払うべきである。 イ 被告らの主張 いずれも争う。 第3 争点に対する当裁判所の判断 1 名誉毀損の不法行為について (1) 出版物の記述による名誉毀損の不法行為は,問題とされる表現が,人の品性,徳行,名声,信用等の人格的価値について社会から受ける客観的評価を低下させるものであれぱ,これが事実を摘示するものであるか,又は意見ないし論評を表明するものであるかを問わず成立し得るものである。 (2) そして,問題とされる表現が事実を摘示するものか,意見ないし論評の表明であるかの区別は,一般の読者の普通の注意と読み方を基準として判断すべきものであり,そこに用いられている語のみを通常の意味に従って理解した場合には,証拠等をもってその存否を決することが可能な他人に関する特定の事項を主張しているものと直ちに解せないときにも,当該部分の前後の文脈や,その出版物の公表当時に一般の読者が有していた知識ないし経験等を考慮し,その部分が,修辞上の誇張ないし強調を行うか,比喩的表現方法を用いるか,又は第三者からの伝聞内容の紹介や推論の形式を採用するなどによりつつ,間接的ないしえん曲に前記事項を主張するものと理解されるならぱ,同部分は,事実を摘示するものと見るのが相当である。また,そのような間接的な言及は欠けるにせよ,当該部分の前後の文脈等の事情を総合的に考慮すると,当該部分の叙述の前提として前記事項を黙示的に主張するものと理解されるならば,同部分は,やはり,事実を摘示するものと見るのが相当である(同平成 9年9月9日第三小法廷判決・民集51巻8号3804頁参照)。 (3) そこで、以上の観点により本件について検討する。
2 争点(1)(本件記述の名誉毀損性等)について (1) 本件記述(甲1) ア 本件記述は,本件書籍の第11章「南京安全地帯の記録(一)」において,「南京安全地帯の記録」の「有名な事例219」を検証するという形で取り上げられている。 イ そして,事例219の記述を引用した上で,
ウ その上で,被告東中野は,「数々の疑問点」との小見出しの下に,このフィルム解説文の内容について9の疑問点を挙げ,第9の疑問点として次のように記述した(なお文中の「日支紛争」とはフイルム解説文が収められた公文書綴を指している。)。
エ 続いて,「『8歳の少女(夏淑琴)』がマギーに語ったもう一つの話」との小見出しの下に,
として,
との一文を引用し(この引用部分は笠原十九司が引用したフォースターの手紙の中の一文であるが,その点は触れられていない),殺害された人数が異なる点を指摘した上で,引き続き,
と結んでいる(アンダーライン部分が本件記述。以下同じ)。 オ 次に,「本多勝一『南京への道』に出てくる夏淑琴の話」との小見出しの下に上記書籍の中の原告の話を取り上げ,事例219やフィルム解説文のマギーの説明と食い違う点を指摘し,引き続き,「夏淑琴が『マギーの遺言』に登場」との小見出しで,インターネット上の「マギーの遺言」における原告の証言もマギーの説明と食い違いがあることを指摘した上で,
と記述し,戦争犠牲者を心に刻む会編「南京大虐殺と原爆」における原告の証言がマギーの説明の内容と異なる部分があることを指摘している。 (2) 本件記述の名誉毀損性 ア 本件記述がなされている前後の文脈は(1)のとおりであり,この文脈において,普通の注意と読み方をする一般の読者であれぱ,本件記述から, (1) フィルム解説文を詳細に分析すれば事例219の生き残った「8歳の少女」の姓は「シア」ではなかったことになるが,原告の姓は夏「シア」であるから,原告(夏淑琴)はこの「8歳の少女」ではない, (2) 「従って」,生き残った「8歳の少女」と称している原告の話は(虚構のものであるから)フィルム解説文や事例219のマギーの説明との間に食い違いが出てくる(原告が真実「8歳の少女」であれぱ話に食い違いが生じるはずがない), (3) 原告は生き残った「8歳の少女」ではないにもかかわらず,来日してまで自分が「8歳の少女」であるとして虚偽の証言をしている,と理解することは明らかであり,本件記述を含む文章全体の趣旨を見ても,読者がそのように理解することを意図していることが優に読み敢れる。 イ 前提となる事実のとおり,原告は,本件書籍が発行された当時,既にいわゆる南京事件の生存被害者としてマスメディアでも紹介され,自ら「8歳の少女」として新路口事件における体験を語るなどして広く知られた人物であり(本件記述も原告がそのような人物であることを踏まえたものであることは(1)で認定した記述からも明白である。), そのような状況下で出版された本件書籍中の上記事実の主張が原告の社会的評価を著しく低下させ,原告の名誉を段損する内容のものであることは明らかである。ましてや,その内容から,本件記述が原告自身の名誉感情を著しく侵害するものでもあることは言を俟たない。 ウ なお,本件書籍の英語版では「『8歳の少女』と夏淑琴とは別人と判断される。」(247,248頁)との一文が削除されていることは前提となる事実のとおりであるが,この一文がなくとも以上述べた判断は変わらない。 エ 被告らは,ある記述が名誉毀損となるのは摘示した事実そのものが他者の名誉を毀損する内容を有する場合である等と主張するが,そのような主張が採用できないことは 1 において述べたとおりであり,この点に関するその余の主張も,上記説示に照らし採用できない。
3 争点(2)(本件記述は違法性を欠くか)について (1) 公益目的の有無 ア 前提となる事実,甲1及び乙37によれば, イ 原告は,被告東中野が原告を誹謗中傷するため意図的に誤訳や恣意的解釈を行っているとして,被告らの行為が公益を目的とするものではないと主張するが,仮に本件記述について誤訳や恣意的解釈があるとしても,それは被告東中野の研究結果ないし見解が評価に値しないというに止まり,これにより公益を目的とすること自体が否定されるものではなく,その他,被告らが原告を誹譲中傷することを目的として本件記述を執筆し,本件書籍を発行したなど,前記の認定を覆すべき事情を認めるに足りる証拠はない。 (2) 真実性 ア 前示のとおり,本件記述は「原告が『8歳の少女』ではないのに『8歳の少女』として虚偽の証言をしている」との事実を摘示するものと解されるところ,仮に原告が「8歳の少女」でなければ,生き残った「8歳の少女」としての原告の証言は必然的に虚偽ということになるから,真実性の証明の対象は「原告が『8歳の少女』ではない」という事実である。 イ フィルム解説文から「原告は『8歳の少女ではない」との事実が認められるか (ア) 前記2(1)で示した本件書籍の記述によると,被告東中野は,フィルム解説文を
と翻訳し,ここに登場する「シア夫婦の『7,8歳になる妹』」と「その8歳の少女」とは別人であることを前提にした上で, i) 「8歳の少女」がシア夫婦の子であったと仮定すると「7,8歳になる妹」は「8歳の少女」の双子の姉妹か7歳の妹のいずれかとなる, ii) いずれであるかは「8歳の少女」や「シアさんの弟(または兄)」に確認したときに当然判明するはずなのに「7,8歳」として7歳か8歳か分からなかった, iii) ということは上記仮説が誤っていると考えるのが自然である, iv) したがって「8歳の少女」はシア夫婦の子ではなくその姓もシアではない, との論理を展開している。 (イ) 被告東中野の年齢を重視した上記の論理展開の妥当性・合理性はひとまず措くとして,その論理の前提となる「シア夫婦の7,8歳になる妹」と「8歳の少女」が別人であるとの理解は,「7,8歳になる妹」は「突き殺」され死亡したとの理解に基づくものと推認される。
であるところ(甲3の1), 「資料 ドイツ外交官の見た南京事件」(平成13年3月19日発行。甲3の2)では, 石田勇治によるこの部分の翻訳は,
とされており,「7,8歳になる妹」は銃剣で刺されたとされているが,殺されたとまではされていない。そして,わが国で一般に市販されている英和辞典によると,原文にある bayonet の単語は「(銃剣で)突き殺す」という意味のみならず「銃剣で刺す」という意味にも用いられているから,石田のような翻訳も十分に可能である。 (ウ) そうすると,フィルム解説文から「7,8歳になる妹」が殺害され死亡したと一義的に理解することはできず,マギーが「7,8歳になる妹」と「8歳の少女」を別人として記録したともいえないから,フィルム解説文の記載内容から「原告は『8歳の少女』ではない」という事実は立証されない。 ウ マギーの日記から「原告は『8歳の少女』ではない」という事実が認められるか (ア) 甲53,乙13,35によれば、マギーフィルムが発見された1991年(平成3年)7月の直後,マギーが昭和12年12月12日から昭和 13年2月初旬までに書き綴った日記が発見され,ノンフィクション作家の滝谷二郎は,これを資料とした著作「目撃者の南京事件 発見されたマギー牧師の日記」(平成4年12月1日発行)を出版したこと,この著作においてマギーの昭和13年1月30日の日記として次の記述があり,ここでは「8歳の少女」は家主マーの娘とされていることが認められる。
(イ) しかしながら,甲31の1,2によれば,現在マギーの日記として公刊されている英語の文献には,助かった8歳の娘について「 The eight year old girl 」とあるのみで,同女が家主マーの娘であることを示す記述は存しないことが認められる。またこの英語の文献がマギーの日記を正確に紹介したものであるとすると,滝谷二郎が上記「目撃者の南京事件」で紹介した日記の内容と相当程度異なっているが(乙13の85~86頁と甲31の2の327~328頁),本件において「目撃者の南京事件」で引用されているマギーの日記に該当する原文の資料は証拠として提出されていない。 (ウ) したがって,マギーがその日記で「8歳の少女」を家主マーの娘と記述した事実は証拠上認められず,したがって,マギーの日記から「原告は『8歳の少女』ではない」との事実を認めることはできない。 エ 原告の年齢から「原告は『8歳の少女』ではない」という事実が認められるか (ア) 被告らは,原告が自称するように1929年5月5日生まれであるなら新路口事件当時は中国式年齢(数え年)で9歳であったから,フィルム解説文の「7,8歳になる妹」でも「8歳の少女」でもないとして,原告が「8歳の少女」ではないと主張する。 (イ) しかし,甲46の1,2によると,マギーは,新路口事件の現場をフィルムで撮影したときから約2か月後の1938年(昭和13年)4月2日,ニューヨークのマッキム牧師に宛てた書簡の中で、新路口事件に言及して,
等と記載してフィルム解説文と同様の被害状況を伝え,また同じ書簡の別の箇所では,
という表現もしていることが認められる。 (ウ) 上記事実によると,マギーは,フィルム解説文を書いたと思われる時期からさほど離れていない時期に,新路口事件で生き残った年長の少女の年齢について,中国式数え方で「9歳」と認識していたことが推認される。そして,マギーは,当時の中国では年齢をいわゆる数え年で表記していたこと及び満年齢ではその数え年の年齢より1,2歳低くなることを理解していたと認められるから,中国式数え方で9歳(a girl of nine)と説明した少女の満年齢を「7-8」歳と推定し,フィルム解説文では,これを「8歳の少女」(the 8-year old gir1 )と表現したことも十分に考えられるところであり,上記書簡の記述とフィルム解説文の記述からすると,むしろそのように理解するのが合理的というべきである。 (エ) したがって,原告の年齢から「原告は『8歳の少女』ではない」という事実を認めることはできない。 オ 以上のとおり,被告らの主張は採用できず,その他「原告は『8歳の少女』ではない」との事実を認めるに足りる証拠はないから,結局真実性の証明はない。 (3) 以上のとおり,本件記述が摘示した事実について真実性が証明されない以上,本件記述が違法性を欠くということはできず,違法性に関するその他の主張も採用できない。
4 争点(3)(真実と信ずる相当の理由の有無)について (1) 被告らは,「原告は『8歳の少女』ではない」という事実が真実であると信ずるのが相当とする根拠として, (1) 最も早い時期の最も詳細な原資料に依拠し論理的に妥当な解釈を行った結論として上記事実が導かれた旨, (2) 本件書籍が発行された当時「8歳の少女」は原告ではないと解釈されていた旨を主張するので,この点について検討を加える。 (2) 原資料の解釈として妥当な結論か ア 本件記述の論理展開についてはこれまで述べたとおりであり,被告東中野は,フィルム解説文を自ら翻訳した上で、「7,8歳になる妹」と「8歳の少女」は別人であることを前提として,「『8歳の少女』がシア家の娘であると仮定すると,双子の妹又は1歳年下の妹であるはずの『7,8歳になる妹』の年齢が7歳であるか8歳であるかが分からないのは不自然であるから,『8歳の少女』はシア家の娘ではない。」との結論に至った。 イ しかるところ,原文の「bayonetted」を「突き殺した」と解釈すると(必然的に殺された「7,8歳になる妹」と生き延びた「8歳の少女」は別人ということになる。),フィルム解説文全体に明らかな不自然さが生じる。すなわち,この部分とそれに続く部分の被告東中野の翻訳は,
であるが,それ以前には全く登場していない「8歳の少女」がいきなり「the」の定冠詞とともに「傷を負った」状態で登場し,この「8歳の少女」がどこの誰であるか,どのようにして傷を負らたのかについては,その後の記述にも一切現れていない。マギーがフィルム解説文を残した理由が当時発生した事件の記録にあったと認められることからすると,これは極め ウ さらに,前記2(1)ウで述べたとおり,被告東中野は,唯一の生存者と主張する2人の子ども,具体的には「『8歳の少女』とその妹(4歳)は,いったい誰の子どもなのであろうか」との問題を提起し,自己の推論を重ねた結果,「8歳の少女」はシア夫掃の子でもマア夫婦の子でもなかったとの結論に至っているところ,そうすると「母の死体のある隣の部屋に這って行った」とある「母」はシアの妻でもマアの妻でもないことになるが被告東中野はこの「母」に人数を示す固有の番号を付しておらず,この「母」はシアの妻かマアの妻のいずれかと理解している。これは明らかに矛盾であり,論理に破綻を来しているというほかはない。 エ 以上述べた2点だけからしても,被告東中野の原資料の解釈はおよそ妥当なものとは言い難く,学問研究の成果というに値しないと言って過言ではない。 (3) 当時「8歳の少女」が原告ではないとの理解が一般的であったか イ しかしながら,上記事実のみからは,当時「8歳の少女」が原告ではないとの理解が一般的であったとも,またフィルム解説文の「7,8歳になる妹」は(銃剣で)突き殺されたとの理解が一般的であったともいえないし,そもそも,被告東中野は,資料主義に立脚して原文に当たり,これを自ら翻訳したというのであるから,著名とはいえあくまでジャーナリストの立場で著された上記書籍の訳文が上記のとおりであったからといって,これに依拠することが相当性を肯定する理由とはならない。 (4) 以上のとおり、相当性に関する被告らの主張は採用できない。
5 争点(4)(損害及び謝罪広告)について (1) 損害額 ア 原告がいわゆる南京事件の生存被害者として イ しかし他方,本件書籍それ自体は,その内容に対する評価はともかく,一応は南京事件の史料に基づく検証の結果を世に伝えることを意図するものと認められる。そして,書名や帯,はしがきやあとがきの中に原告を指し示す記述や文言はなく,本件書籍中の原告に関する記述は,380頁からなる本文のうち240頁から251頁にかけての部分に限られている。 ウ 以上の諸般の事情を総合考慮すると,本件書籍を執筆し発行した被告らの共同不法行為により原告が被った精神的苦痛に対する慰謝料としては300万円をもって,英語版及び中国語版の発行によりさらに拡大されたと認められる原告の精神的苦痛に対する慰謝料としては50万円をもって,それぞれ相当と考える。 (2) 謝罪広告 謝罪広告は,その性質上,その必要性が特に高い場合に限って命ずるのが相当であるところ,(1)イにおいて述べた事情を勘案すると,原告の受けた損害は前記の慰謝料の支払によって慰謝されるものと考えられ,その必要性は認められない。
6 結論 よって,原告の請求は,被告らに対し,共同不法行為に基づき連帯して350万円及びこれに対する本件書籍出版後である平成18年5月18日(被告らに対する反訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求め,被告東中野に対し,不法行為に基づき50万円及びこれに対する英語版及び中国語版の発行後である平成19年1月20日(被告東中野に対する請求拡張の申立書送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し,その余は理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第10部 |
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