Home arrow 資料 arrow 東京高裁 原告側 控訴理由書
東京高裁 原告側 控訴理由書

平成19年(ワネ)第2631号
控訴人(1審反訴原告)  夏  淑   琴
被控訴人(1審反訴被告) 東中野修道外1名

控 訴 理 由 書

2008(平成20)年1月31日
東京高等裁判所第12民事部 御中

控訴人訴訟代理人弁護士  渡辺 春己
同            尾山  宏
同            小野寺 利孝
同            米倉 勉
同            南 典男
同            山森 良一
同            穂積  剛
同            井堀 哲
同            菅野 園子


第1 はじめに  —原告の蒙った被害と本件訴訟の意義—

1 原告が蒙った二重の被害

 控訴人(一審反訴原告・以下「原告」という)夏淑琴は1937年12月13日、日本軍によって惹き起こされた南京事件の際、祖父母、両親、姉2人、妹1人を日本軍によって殺害され、以来孤児として親族に引き取られ、教育も満足に受けられないような辛酸な生活を強いられてきた。
 生き残った原告は「今でも妹とこの事件について話すことはありません。話を始めたら2人ともとてもつらく、特に妹は私以上に事件の時のことを思い出すと心の傷をえぐられるようなので話をしないようにしています。」状況である。
 しかし、最近になって「私にとっても、自分の骨をえぐるようなつらい経験を話し続けなければならないことはとても苦痛です。話すたびに事件のことが鮮明に思い出されますが、多くの人、特に日本人の多くが南京大虐殺の事実を知らないということを知って、自分は事実を語らなければならないと考えるようになりました。また、戦争の残酷さを知ってもらい、平和のためにも証言活動を行わなければと考えるようになりました。」ことから、多くの人々に自己の被害体験を語るようになり、現在では南京事件の被害者として中国・日本を問わず、多くの人々に知られるようになった。
 ところが、被控訴人(一審反訴被告・以下「被告」という)らは、本件書籍において何らの証拠もないのに「『8歳の少女』と夏淑琴とは別人と判断される」「『8歳の少女(夏淑琴)』は事実を語るべきであり、事実をありのままに語っているのであれば、証言に食い違いの起こるはずもなかった」「しかし、さらに驚いたことには、夏淑琴は日本に来日して証言もしているのである」などと記し、原告がニセ被害者であり、嘘の証言をしていると中傷を加えたのである。
 そのため、原告は「私の家族はみんな日本軍国主義に殺されたのに、体に銃剣の傷跡が残っているのに、なぜニセ者なのか、自分の姉2人は辱められ殺されたのに、とあの事件のことが自然といつも思い出されるようになりました。死にたいほどのつらい気持ちで、涙が出たり、食事がすすまなかったりしました。」程の苦痛を与えられた。
 このように、原告は1937年当時と本件書籍によって二重の加害を加えられたのである。
 その結果「私が生きているうちに、殺された家族、無辜の市民のために真実をはっきりさせておかなければならないと考えるようになりました」ため、提訴を決意したのである。
 なお、原告は当初、南京市の裁判所に提訴したものの、被告らは全く出廷しなかった。ところが、被告らは平成17年1月29日、自ら中国の裁判所に出廷していないにもかかわらず、逆に原告に対し、債務不存在確認訴訟を提起し、その結果原告は日本の弁護士に依頼し、本件反訴を提起したものである。

2 被告らが原告をニセ被害者と書いた目的

 被告らは一貫して南京事件を否定している。本件書籍も中国やアメリカの情報戦による謀略という何ら根拠もない思いつきから、学問的手法とは無縁の手法を用いて、南京事件を否定するために書かれた書籍である。
 原告は「李秀英と夏淑琴一家の被害の実例は、フィルムによる映像資料とウィルソンとマギーの記録した文学史料、さらに生存する被害者の証言資料とが三つともそろっていることにおいて、これほど決定的な確証事例はそうあるまい、中国語の『鉄証(鉄の証明)』という表現がぴったりする」(笠原十九司『南京難民区の百日』)とされている典型的な南京事件の被害者である。
 被告らはこのように評価されている原告をニセ被害者とすることによって、南京事件の否定を試みたのである。

3 本件書籍における被告らの手法

 被告東中野は史料に一点でも不明瞭さ、不合理さがあれば「大虐殺派」のつかっているのが四等史料、五等史料に過ぎないとし、史料や証言を一つ一つしらみつぶしに調べそれが一点の不明瞭さも不合理さも確認されない限り、南京虐殺があったと言えなくなるとしている。
 しかし、史・資料に誤りや食い違いがあることはごく当たり前のことであり、だからこそ史料批判を行ったうえ、史実の認定を行うのである。
 被告東中野は、歴史学の初歩的原則を無視するだけでなく、自らの目的とする南京事件の否定のために、史料の歪曲や恣意的利用を行い、原告をニセ被害者などと中傷を加えているのである。
 本件においては、マギーのフィルム解説文が重要な資料となっているが、被告東中野はフィルム解説文を故意に誤訳したうえ、誤訳による諸矛盾をあれこれ論じ、原告を「『8歳の少女』と夏淑琴とは別人と判断される」などと書いたのである。
 この点について、原審は
・通常の研究者であれば「突き殺した」と解釈したことから生じる上記不自然・不都合さを認識し、その不自然さの原因を探求すべく、それまでの解釈過程を再検討して、当然に「7,8歳になる妹」と「8歳の少女」が同一人である可能性に思い至るはずである。
・以上述べた2点だけからしても、被告東中野の原資料の解釈はおよそ妥当なものとは言い難く、学問研究の成果というに値しないと言って過言ではない
と判示しているところである。

4 原告に対するすみやかな救済の必要性とその意味

(1) 原判決でも指摘されているような学問とは無縁の方法で何らの根拠もなく、原告の名誉や人格権を侵害することは許されるべきではない。そればかりか、被告東中野は本件訴訟においてその非学問性が明らかになっているにもかかわらず、逆に被告東中野は、
「原告代理人弁護士が私の研究内容を間違っていると判断するのは自由である。私に社会的制裁を加えたいと考えるのも自由である。しかしそれならば、まず学会誌などで論争と批判を展開し、論争が決着した上で、裁判に訴えるべきだったのではないか。そのような手続きをとることもなく、いきなり私を南京で訴えた。その結果、私は研究者としての名誉を一日しく木津付けられることになった、と言わざるを得ない。」(被告陳述書)
として、主客転倒したことを述べている。これは、原告が提訴した中国の裁判には出廷せず、逆に原告に対し、日本での裁判を強いた被告らの態度と共通している。

(2) また、南京事件から引き起こされたことは歴史学上学問的にすでに定説となっており、歴史学事実や歴史教科書第3時家永教科書裁判でも認められているところである。
そして国際的にも「歴史事実が国民の歴史認識として定着せず、むしろそれが歪曲され、あるいは抹殺されるような社会は民主主義国家としては未熟か、さもなければ危機的状況にあるのではないか」と指摘されている(笠原十九司『南京事件論争史』)。

(3) 原告の蒙った二重の被害の深刻さ、これに対する被告らの悪意からして、謝罪文を含む原告の救済がすみやかになされるべきであることは極めて明らかである。
同時に、被告らが行っているような非学問的行為の横行を断ち切ることによって、国際的にも日本において民主主義が健全に存在することを明らかにすることの意義も大きい。

第2 控訴理由

1 原判決が公益目的を認めたことは不当であること 

(1) 原判決の要旨
 原判決によると、�被告東中野は、政治思想史、日本思想史等を専門とする研究者で亜細亜大学教授の地位にあること、被告東中野が執筆した本件書籍の「あとがき」の記載内容や本件書籍全体の内容からすれば、「被告東中野は、日本史上、教科書にも取り上げられている『南京虐殺』の史実について疑義を呈し、この史実に対する自己の見解を史料に基づく研究結果として公表することを目的として本件書籍を執筆し」たのであることを理由に、専ら公益目的が認められるとした(原判決22頁から23頁)。
 被告東中野が原告を誹謗中傷するため意図的に誤訳や恣意的解釈を行っているとした点について、�「仮に、誤訳や恣意的解釈があるとしてもこれにより、公益を目的とすること自体が否定されるものではなく、その他、被告らが原告を誹謗中傷することを目的として本件記述を執筆し、本件書籍を発行したなど、前記の認定を覆すべき事情を認めるに足りる証拠はない」と述べる(原判決23頁)。

(2) 本件において公益目的は否定されるべき
ア 被告東中野は、研究結果として公表することが目的ではなく、南京大虐殺はまぼろしという政治的プロパガンダを行っているにすぎない。
 そもそも、南京大虐殺事件の歴史像については、その歴史的遠因ならびに近因の分析も含めてほぼ明らかになっており、南京事件はあったかそれともまぼろしであったかという歴史的事実をめぐる南京事件論争はすで決着がついており、本件書籍は研究成果としての学術的な意義という観点から執筆・出版されたのではないと思料される(以上南京事件論争史183頁から213頁まで)。
 被告東中野をはじめとする南京大虐殺をまぼろしとする論者の背景には、南京大虐殺を否定し、ひいては過去の日中戦争を侵略、加害の戦争ではないという立場を堅持し、「過去の清算」を妨害する意図がある。そもそも侵略戦争であることを否定するにはどうしても南京大虐殺は「なかった」とされなければならないのである。そのために学者や研究者と見なされている被告東中野を代表とする大学教授が否定本を執筆し、それを被告展転社や大手出版メディア、マスメディアを通して流布、宣伝させ、現行の歴史教科書に記述されている南京大虐殺の記述をすこしずつ弱め、将来的には削除させていく、そのための国民の世論作りを狙ったものである。
 以上より、被告東中野らの本件書籍の執筆・出版の目的は、学術論争ではなく、「南京大虐殺はなかった」、南京事件は「中国とアメリカの情報戦の謀略」であるというプロパガンダを流布し、これまでの「南京大虐殺派」の研究成果に疑問を持たせることにほかならない(以上 南京事件論争史244頁4行目から250頁まで)。客観的事実の存在とは別に南京事件をまぼろしにするというゆがんだ目的のため、社会の中の特殊の利益を代弁する政治的意図が極めて強いものであって、本来の学術論争とは全く異なるものである。
 原判決では、被告東中野は、政治思想史、日本思想史等を専門とする研究者で亜細亜大学教授の地位にあることも公益目的を肯定するための1つの事実としているが、研究者であるという外観や、亜細亜大学教授という社会的地位を利用している点において、むしろ公益性を否定する事情になりこそすれ肯定するための事情とはなりえないというべきである。

イ 原告は南京事件をまぼろしとする論者のためにいわば「スケープゴート」として名指しでニセ被害者とされた
 原告は、南京事件をまぼろしとする論者のためにいわば「スケープゴート」として名指しでニセ被害者とされたものであるから、本件書籍の記載はほとんど原告を誹謗中傷することを目的としたと同程度の悪質性が存在する。
 そもそも、本件書籍において、名指しでニセ被害者であるとされたのは原告夏淑琴のみであった。もし、被告東中野が真に「教科書の記述のように、果たして民衆20万人虐殺を示す確たる根拠があるのであろうか。それならば、その史料が提示されるべきである。」と南京虐殺の史実に疑義を呈することが目的であるのであれば、20万人と結論づける史料に対して批判を行えば足りるのであって、原告に対して、名指しで「『8歳の少女』と夏淑琴とは別人と判断される」という記載まで行う必要はなかった。
 本件書籍において、名指しで原告がニセの被害者とされた理由は、「李秀英と夏淑琴一家の被害の実例は、フィルムによる映像資料とウィルキンソンとマギーの記録した文字史料とさらに生存する被害者の証言資料とが三つともそろっていることにおいてこれほど決定的な確証事例はあるまい。中国語の「鉄証(鉄の証明)」という表現がぴったりする。」(甲第16号証256頁、甲第17号証298頁)とあるように、南京大虐殺の生き証人としての原告にニセ被害者の烙印を押すことによって、南京大虐殺全体の被害の存在を否定せんがためにほかならない。
 被告東中野の、被害者の証言もまた史料として史料批判を免れないのであるという主張は、一見正当なものに思われるが、被告東中野が実際行ったことは、原判決の述べるとおり、通常の研究者であれば当然行わない極めて不自然、不都合、矛盾のある解釈をもとにニセ被害者であるとしたのであり、史料の1つ1つには不明瞭、不合理な点があっても、他の史料と照合しながら史料批判を行うという歴史学の方法とはほど遠いものといわなければならない。このような執筆態度には公益性など微塵も認められるべきではない。

(3) 原判決の法律解釈のあやまり
ア 原判決が法律解釈を誤っていること
 上記(2)「原判決の要旨」�の仮に、誤訳や恣意的解釈があるとしてもこれにより、公益を目的とすること自体が否定されるものではないとした点については、原判決は、最高裁判決をはじめとする判決を参考とし、被告東中野が誤訳や恣意的解釈を行っていることについては根拠となる史料も存在せず、これを取り扱うについての執筆態度等からも公益に基づくというに相応しい真摯なものではないとして、公益性を否定するべきであった。
 即ち、最判昭和56年4月16日によれば、公益を図る目的の有無を判断するにあたっては、公共性の判断と異なり、名誉毀損事実自体の内容、性質から客観的に判断するだけでなく表現方法や事実調査の程度なども考慮して決せられるべきとされ、「記事の内容・文脈等外形に現れているところだけによって判断すべきではなく、その表現方法、根拠となる史料の有無、これを取り扱うについての執筆態度等を総合し、それらが公益に基づくというに相応しい真摯なものであったかどうかの点や、更には記事の内容・文脈はどうであれ、その裏に隠された動機として、例えば私怨を晴らすためとかの、公益性否定につながる目的が存しなかったかどうか等の外形に現れていない実質的関係も含めて全体的に評価し判定すべき(東京地判昭和58年6月10日)」とされている。
 これらはいずれも刑事裁判についての判決であるが、被告人の人権保障のため構成要件の厳格な解釈が要求される刑事裁判においてもそのような解釈がなされているのであるから、ましてや民事裁判においても、当然、根拠となる史料の有無や執筆態度まで含めて公益性の有無を判断しなければならないことは論を待たない。
 加えて、真実性の抗弁において、公共性とは別個に、目的の公益性を要件として要求しているのであるから、あまりに緩やかに公益性を認めてしまうというのであれば、別個の要件として要求されている意義がなくなってしまい妥当ではない。
 更に、公益性を否定するにあたってはその動機を「誹謗中傷目的」に限るべきではないことは下記の判例からも明らかである。東京地方裁判所昭和49年7月15日判決は、「公共の利害に関する事実」とは、「当該事実が多数一般の利害に関係するところから右事実につき関心を寄せることが正当と認められるものを指すのであって、多数人の単なる好奇心の対象となる事実をいうものでないことはいうまでもなく、またもっぱら公益をはかる目的とは動機の具体性を意味するものと考えられる。」として、興味本位の色彩が濃い言論に対して、公共の利害に関する事実であることも、公益を図る目的があったことも否定している。

イ 被告東中野の執筆態度が根拠となる史料が存在せず、執筆態度まで含めると公益目的を含めるべきではないことはゆうに認められること
 原判決が既に認めているように、被告東中野が原告はマギーフィルム解説文の「8歳の少女」ではないと結論づけるに際して、およそ合理的な根拠は存在しないこと、南京大虐殺は「なかった」ことにするという政治的プロパガンダのために、さしたる必要性もなく原告を「ニセ被害者」としたのであって、その執筆態度も甚だ問題であって、公益性は存在しないというべきである。

ウ 本件書籍の「名誉毀損部分」についての「公益目的」
 原判決は前述のように、本件書籍の「あとがき」の記載内容などを根拠に「被告東中野は、日本史上、教科書にも取り上げられている『南京虐殺』の史実について疑義を呈し、この史実に対する自己の見解を史料に基づく研究結果として公表することを目的として本件書籍を執筆し」たものであるから、公益目的が認められると判示した。
 しかしこの点は、本件書籍全体の執筆目的については認められる余地があるとしても、原告をニセ被害者呼ばわりした本件書籍の名誉毀損部分についてまでは当てはまらないものと言うべきである。
 すなわち本件で問題となっているのは、本件書籍全体の記述についてではなく、被告東中野が原告のことをニセ被害者であると指摘した名誉毀損部分についてである。したがって公益目的の有無も、原告のことをニセ被害者だと指摘した部分について、そこまでの記述を行った「目的」が公益目的に基づくものだったのか否かが判断されなければならない。何となれば、「『南京虐殺』の史実について疑義を呈し」、「自己の見解を史料に基づく研究結果として公表する」というのが目的であったというのなら、原告のことをニセ被害者だとまで記述すべき必要まではなかったはずである。それにも関わらず、何故に被告東中野は原告をニセ被害者だとまで書かなければならなかったのか、その点についての「目的」こそが、ここでは問われなければならない。
 そうだとすれば前述のように、被告東中野は政治的プロパガンダとして南京大虐殺の事実がなかったと宣伝する目的で本件書籍を執筆し、さらに南京事件の被害者として特に著名な原告を、名指しでニセ被害者扱いすることを明確に企図して、本件書籍の名誉毀損部分を記述したのである。このような被告東中野による名誉毀損部分の記述が、「公益目的」に基づくものであり得ないことは、あまりにも明白だと言ってよい。
 しかるに原判決は、この点を看過して安易に「公益目的」を認定している。これは明らかに原判決の過誤である。そして最初から「公益目的」も存在しない本件書籍の記述は、極めて悪質であると評価できるから、この点の認定が損害賠償額の認容額に影響を与えることは明らかだと言える。
 したがって、原判決のこの点に関する認定は、是正されなければならない。

2 本件判決が被告東中野の悪質性を正当に評価していないこと

(1) 原判決の要旨
 原判決は、マギーフィルム解説文の「7、8歳になる妹」を突き殺したと解釈し「8歳の少女」とは別人であるとする被告東中野の解釈について「通常の研究者であれば『突き殺した』と解釈したことから生じる上記不自然・不都合さを認識し、その不自然さの原因を探求すべくそれまでの解釈過程を再検討して、当然に『7,8歳になる妹』と『8歳の少女』が同一人である可能性に思い至るはずである(29頁)。」「そうすると「母の死体のある隣の部屋に這って行った」とある「母」はシアの妻でもマアの妻でもないことになるが、被告東中野はこの「母」に人数を示す固有の番号を付しておらず、この「母」はシアの妻かマアの妻のいずれかと理解している。これは明らかに矛盾であり、論理に破綻を来しているというほかはない。通常の研究者であればこの矛盾を認識し、そこに至る推論の過程のいずれに誤りがあるかを検証し、結局はイで述べたと同様の可能性に思い至るはずであるが、被告東中野は、上記の矛盾点には一切言及していない(30頁)。」と認定し、「以上述べた2点だけからしても、被告東中野の原資料の解釈はおよそ妥当なものとは言い難く、学問研究の成果というに値しないと言って過言ではない。」とした。

(2) 原判決の意義と問題点
 原判決の述べるとおり、通常の研究者であれば、bayonetを「突き殺した」と解釈した場合に生じる不自然さ、前後の文脈から生じる矛盾に気がつき、「銃剣で刺した。」と解釈することが極めて合理的であり、逆に、「突き殺した」と解釈することは極めて不自然であり、そのように解釈した場合には通常の研究者であれば当然にその矛盾に気がつき、「7、8歳の少女」と「8歳の少女」が同一人であるという結論に至るはずであるとした点については極めて妥当である。
 しかしながら原判決は、「通常の研究者」であれば犯すことなどあり得ない無理な英文解釈と論理破綻を被告東中野が本件書籍で行っていたことは認定していても、そのような不合理な解釈あったにも関わらずなお原告をニセ被害者扱いしたことの「悪質性」に関しては、判断において看過している。
 この点、被告東中野があえて原告をニセ被害者扱いにすることを目的として本件書籍の名誉毀損部分を執筆したことは、以下のとおり明らかだと言える。そうだとすれば、このような被告東中野の「悪質性」に鑑みて、原告に対する名誉毀損及び名誉感情侵害に対する賠償額は、金300万円を遙かに上回るものと評価すべきであった。

(3) 被告東中野の本件名誉毀損行為の「悪質性」
ア 被告東中野のマギーフィルム解説文の解釈の出発点
 そもそも、被告東中野は本件書籍を執筆するに際して、原告がマギーフィルム解説文の8歳の少女であることを指し示す文献を参照しており、マギーフィルム解説文の生き残った「8歳の少女」は誰なのかという全くの白紙の段階から出発し、原告はマギーフィルム解説文の「8歳の少女」ではないと結論づけたわけではないという点は、本件名誉毀損行為の悪質性を裏付ける極めて重要な事実である。
 すなわち、被告東中野は、本件書籍において、

「笠原十九司『南京難民区の百日』に『8歳の少女(夏淑琴)』がマギーに語ったもう一つの話がでてくる。
《日本兵たちが市内の南東部にある夏家にやってきた。日本兵は、八歳と三歳あるいは四歳の二人の子供を残してその家にいた者全員、十三名を殺害した》(傍点筆者)
 今度は十三人殺害の話であった。
(本件書籍247頁)。」

と記載している。
 ところが、笠原十九司『南京難民区の百日』(1995年6月23日発行)においては、

「日本兵たちが市内の南東部にある夏家にやってきた。日本兵は八歳と三歳あるいは四歳の二人の子供だけを残してその家にいた者全員、一三名を殺害した。これは、八歳の少女(夏淑琴)が話したことを彼女の叔父と私を案内した近所の老女とに確認してチェックした事実である。
 この少女は背中と脇腹を刺されたが、殺されずにすんだ。…(中略)…その八歳の少女は重傷を負っていたが、母親の死体がある隣の部屋まではっていき、そこで彼女の小さい妹と一緒に二週間隠れていた。…(中略)…(フォースター文書)」(254頁から255頁)

と、被告東中野が引用した文章のすぐ後には、8歳の少女は夏淑琴であり背中と脇腹を刺されたが殺されなかったことが記載されている。被告東中野が、本件書籍を執筆するに際して、笠原十九司が『南京難民区の百日』において記載した上記該当箇所を眼にしなかったはずはない。
 更に、被告東中野自身、準備書面(第3)、第一「本件書籍の記述にあたって参照した文献等」として、(6)本多勝一著・朝日新聞社刊「南京への道」(甲第18号証)(7)朝日新聞社刊「アサヒ・ジャーナル」(平成3年1月25日号)中の本多勝一氏の記事「ナチ=ドイツをも驚愕せしめた南京大虐殺事件」を挙げているが、「ナチ=ドイツをも驚愕せしめた南京大虐殺事件」には、マギーフィルムの解説文について翻訳の後に、「この『シア』一家は、拙著『南京への道』に出てくる夏淑琴さんの場合の可能性もあるかもしれない。」と注記されており、本多勝一も原告はマギー解説文の「8歳の少女」である可能性を明確にしている。当然、被告東中野は本件書籍を執筆するにあたって、上記該当箇所を眼にしているはずである。
 また、被告自身準備書面(第三)において指摘しているように、「紀年南京大虐殺受難同胞連合会製作(インターネット上のホームページ)」「マギーの遺言」において「マギー師撮影のフィルムとされるものが映し出され、原告自らが語るという内容である(同準備書面3頁22行目以下)。」というように、上記のインターネット上においても原告はマギーフィルム解説文の「8歳の少女」であるという解釈の下に製作されていることは明白であり、被告東中野も当然このことは認識していたはずである。
 このように、被告東中野は、マギーフィルム解説文の解釈を行うに際して、マギーフィルム解説文の「8歳の少女」とは誰かという全くの白紙の状態から出発したのではない。マギーフィルムの解説文の「8歳の少女」は原告であるという解釈に対するアンチテーゼとして被告東中野がマギーフィルムの解説文の「8歳の少女」は原告であるはずがないという自説を導き出したのにもかかわらず、被告東中野は自説を他説より正しいとする合理的な根拠については全く示すことができない。
 原判決は、「通常の研究者であれば『突き殺した』と解釈したことから生じる上記不自然・不都合さを認識し、その不自然さの原因を探求すべくそれまでの解釈過程を再検討して、当然に『7,8歳になる妹』と『8歳の少女』が同一人である可能性に思い至るはずである(29頁)。」と述べているが、被告東中野は、『7,8歳になる妹』と『8歳の少女』が同一人であるという可能性には当然思い至っている。あとはどちらの解釈に合理性があるかが問題であり、この点についても、原判決において、被告東中野の解釈が「極めて不自然(29頁)」で他説の解釈が「明らかに合理的」であることが認められているのであるから、ついうっかりと被告東中野のみが気がつかないということは経験則に照らしてもおよそ考えがたい。とすれば、被告東中野は故意に『7、8歳になる妹』と『8歳の少女』とは別人であるという解釈を行ったというほかない。すなわちこれは、被告東中野の「悪質性」を露呈させる明確な証拠である。

イ 被告東中野の陳述書からも、通常の研究者であれば本来気がつくべきことに気がついていたのは明白
 そもそも、マギーフィルム解説文の翻訳は、定冠詞「the」の用法として「前に行った名詞を再び言うときは、その名詞の前に定冠詞を付けるのが原則である(乙37 9頁27行目以下)。」という中学校レベルの英語力があれば、「the eight-year old girl」が既述の「7-8 year-old girl」を指すことは明白であり、特に高度な英語力が必要なものではない。
 被告東中野が本件書籍において行ったフィルム解釈文の解釈は、このような本来のフィルム解釈文の解釈よりもはるかに複雑であって、被告東中野が、本来の単純な解釈に気がつかず「通常の研究者」であれば行わないような誤訳を行ったとは到底考えることはできない。
 まず、被告東中野の経歴は亜細亜大学の教授(政治思想史、日本思想史等)であり、甲23号証によると英語での論文執筆、国際学会での発表も行っていることからすれば、その英語力において一般人の能力をはるかに超えていたはずである。
 被告東中野は、「the」について「冠詞の誤用を疑うのが先決であろう(被告準備書面(第3)15頁)」として、原則的な用法を踏まえた上で、当該冠詞についてはマギー氏の用法が誤りであるという解釈を行った(被告東中野陳述書9頁29行目)。ここでは、マギー氏が用いた冠詞の誤りを指摘しており、ネイティヴの書いた文章の誤りを見つけるという極めて高度な英語力を駆使している(ただし、実際には誤りではない)。
 また、被告東中野は、フィルムの解説文を解釈するにあたって、�「bayonet」という言葉は、人が人を「銃剣で刺す」ないしは「銃剣で刺殺する」と言う意味であること(被告東中野陳述書9頁15行目)も認識しており(被告東中野陳述書5頁15行目以下において「そこで私が『8歳の少女の姓をシア(夏)とするには無理がある。8歳の少女と夏淑琴氏は別人と判断される』と判断せざるを得なくなった史料批判について、まず当時の記録の史料批判から述べ、…(中略。)」と記載されていることから、被告東中野陳述書5頁以下に記載されている内容は、被告東中野が本件書籍で上記記載をなすにあたって検討考慮したことと思料される。)、2つの意味のうちいずれかを検討し、「bayonet」は「刺殺」の意味であるとしている。その根拠として、「…、10人目の『7、8歳になる妹』がまた『bayonet」』された。そして二人の小さな子が殺された。これが『最後の殺人』であった。そう、説明されているから、最初から最後まで殺人の描写であった(同陳述書9頁22行目)。」と、文脈からすれば「bayonet」は明らかに、「刺殺」の意であって、10人目の「7、8歳になる妹」も殺されていたと理解するのが自然であるとしている。
 このように、被告東中野は、「the」の基本的用法が既述の名詞を示すこと、「bayonet」の意味が2つあることについては、十分に認識していたのであって、基本的な「the」の用法によれば、「the 8-year old girl」が既述の存在を指し示すことも、「bayonet」には単純に「突き刺した」という意味も有することは認識していた。「the 8-year old girl」が既述の存在を指すから、これは前述の「7、8歳の少女」を示し、そうであれば、「7、8歳の少女」は生き残っているから「bayonet」は「突き殺された」ではなく「突き刺した」の意であるという最も単純な解釈を行うことを一切しなかったとはおよそ考えがたい。
 被告東中野の解釈はついうっかりと誤るにしては極めて高度で手の込んだものであり、経験則に照らしても故意にかかる解釈を行ったとしか考えられない。この点もまた、被告東中野の悪質性を証明する根拠である。

ウ 「突き殺された」と訳することによって生じる矛盾を利用して、史料価値を貶め、本件名誉毀損を行ったことは明白
 本件書籍には、「7、8歳の少女」が単に突き刺されたことを前提とする記載も存在しており、これはとりもなおさず、被告東中野自身が、「7、8歳の少女」は単に突き刺されたのであって「8歳の少女」と同一人物であると認識していたことを裏付ける。被告東中野自身、

「第七に、銃剣で『重傷』を負った八歳の少女が何とかショック死を免れた。しかし、傷を負った三で十四日間も生き永らえることができた。それはなぜなのか。(本件書籍245頁)」

と記載している。被告東中野は、生き残った「8歳の少女」が銃剣で「重傷」を負ったとしているが、被告東中野の解釈によれば、それ以前には全く登場していない「8歳の少女」がいきなり「傷を負った」状態で登場することになるから自説と矛盾する。全体の文脈からも、マアや祖母が拳銃で殺されていることからしても、傷を負った被害者全員が銃剣で刺されたとは限らないのである。「8歳の少女」が拳銃で負傷した可能性も十分考えられるのに、被告東中野は、なぜ、負傷の原因を「銃剣」と断定したのであろうか。それは、被告東中野が「8歳の少女」が銃剣で刺されたと知っており、マギーフィルム解説文において「7、8歳の妹」が銃剣で刺されたこと、「8歳の少女」とは同一人物であると理解していたからにほかあるまい。
 これに対して、被告東中野がマギーフィルム解説文ではなく他の史料から補って「8歳の少女」は銃剣で負傷したと解釈したという反論も考えられるが、他の史料を見れば却って被告東中野がついうっかりと「7、8歳の妹」が銃剣で刺殺され、「8歳の少女」とは別人物であると記載したのではないことが裏付けられる。被告東中野は、陳述書において列挙する史料をもとに8歳の少女は原告ではないとしたが、それらの史料のうち、8歳の少女が銃剣で突き刺されたことを記載した史料は、後記資料�(乙37)である。念のため、後記資料�を引用する。

「b これは(フィルム4の9番目のケースに言われている)子供二人の写真です。7歳か8歳の小さな女の子と、3歳か4歳の妹とが、小さい中庭に通じるドアのところに立っていて、中の部屋で16歳と14歳のお姉さん二人が強姦されて殺されたのです。それからドアを入って、テーブルの側に二人が立っていますが、…(中略)…。年老いたおじいさんとおばあさんとが、この同じ部屋で殺され、この子達の上のほうが、銃剣で背中と腋とを刺されたのです。画面に映っている男の人は、この子達の叔父さんで、惨劇が生じる前に、奥さんと安全区に逃れていたのです。
c. 同じ顔ぶれが、お母さんの強姦されて殺された部屋で、この子達のすくわれるまで、14日間とどまっていた部屋のドアの所に立っています。それに、3ヶ月前に銃剣で、この子にできた傷の跡です(甲第51の1、2、369〜370頁)。」

 この点、被告東中野が、本件記載を行うにあたって上記史料を見ていたことについては争いがなく(乙37、10頁32行目「前述のとおり各種資料を総合して解釈する限り…(中略)…、『8歳の少女と夏淑琴氏とは別人と判断される』という表現をとるよりほかなかった」)。)、上記記載を読めば、当然、7、8歳の少女は刺殺されず単に刺されたこと、「7、8歳の少女」と「8歳の少女」が同一人物であることという認識にいたることは明白である。
 以上より、被告東中野は、本件書籍を執筆するにあたり、「7、8歳の少女」は単に突き刺されたのであり、「8歳の少女」とは同一人物であるという点を認識していたことはみじんの疑いもない。それにも関わらず被告東中野は、原告のことをあえてニセ被害者と記述したのであって、その悪質性はあまりに明白である。
 更に、本件書籍において被告東中野は、

「その八歳の少女the 8-year old girlは傷を負った後、母の死体のある隣の部屋に這って行った(本件書籍242頁。」

と記載している。そして、ここで「母の死体」とはマア夫人かシア夫人の死体を指す。被告東中野は、「8歳の少女」がシア夫婦の子でもマア夫婦の子でもなかったという結論に至っているにも拘わらず、「8歳の少女」の「母の死体」をマアかシアの妻であると理解している。なぜ被告東中野自身が自説に矛盾があることに気がつかなかったのか。「8歳の少女」がシア夫婦の子かマア夫婦の子でもないという点について確信を抱いているのであれば、「8歳の少女」が自分の母親でもない「母の死体」に這っていくという違和感に当然気がつくであろう。被告東中野が、「「8歳の少女」がシアの子供でもマアの子供でもなかった。(本件書籍247頁)」と認識しているのであれば、「その(8歳の少女の)「母」とは、�のシアの妻を指すのか。それとも�のマアの妻のことなのか。」と記載するはずもなかった。
 以上より、被告東中野は、「7、8歳の少女」と「8歳の少女」を同一人物であることを認識して本件書籍を執筆しており、極めて悪質な名誉毀損及び名誉感情侵害の態様であったと言うほかない。
 本来同一人物である両者を別人であると解釈し、両者が姉妹であるかどうかという関係性を論じれば、マギーフィルムの解説文に疑問や矛盾が生じるのは当然であり、自己の翻訳の誤りを利用して、史料の矛盾を作出して史料価値を貶めており、こうしたやり方も極めて卑劣な手段だと言える。
 こうした被告東中野の「悪質性」を勘案するなら、原告に対する損害賠償として原判決が認容した水準は、やはり低きに過ぎるものと評価せざるを得ない。この点でも原判決は、見直しを避けられない。

3 原告に生じた損害は350万円を優に超えること

(1) 真実性が完全に欠如していること
ア 原判決の認定した事実
 真実性の立証にあたり、原審が認定したのは下記の事実である。
�マギーフィルムの解説文から「7、8歳になる妹」が殺害され死亡したと一義的に理解することはできず、bayonetは銃剣で刺すという意味でもあるから、「7、8歳になる妹」と「8歳の少女」を同一人物として翻訳することも十分可能である。解説文の記載内容から「原告は『8歳の少女』ではない」という事実は立証されない。
�マギーの日記の原文において、「8歳の少女」が家主マーの娘と記述した事実は証拠上みとめられず、「原告は『8歳の少女』ではない」という事実を認めることはできない。
�フィルム解説文を書いたと思われる時期からさほど離れていない時期に、新路口事件で生き残った年長の少女の年齢について、中国式数え方で「9歳」と認識していたことが推認され、中国式数え方で9歳と説明した少女の満年齢を「7−8歳」と推定し、フィルム解説文では、これを「8歳の少女」と表現したとするほうが、合理的であり、原告の年齢から「原告は『8歳の少女』ではない」という事実を認めることはできない。

イ 「原告は「8歳の少女」ではない」という被告東中野の主張の真実性が認められなかったこと
 以上の通り、原判決の認定した事実によれば、被告東中野が、掲げた証拠それ自体をしても、原告を「8歳の少女」ではないとする根拠が全く存在しないと言わなければならない。このように、真実性が完全に欠如しているにもかかわらず名誉毀損が行われたことは、損害賠償額の算定を大幅に増額させる事情として十分に考慮されなければならない(判例タイムズ1070号13頁別表参照)。

(2) 被告東中野が極めていい加減な根拠で名誉毀損を行った悪質性に鑑みると、原告に与えた精神的打撃はきわめて大きいこと
ア 原判決の認定した事実
 被告らが主張した相当性の抗弁にあたり、原判決が認定した事実は下記の通りである。
�フィルム解説文の解釈において、「7、8歳になる妹」と生き延びた「8歳の少女」は別人であるという二義的な解釈は可能であるが、被告東中野が行った上記の解釈によれば、それ以前には全く登場していない「8歳の少女」がいきなり「the」の定冠詞とともに、「傷を負った」状態で登場することになり、これは極めて不自然であること、更に、「8歳の少女」はシア夫婦の子でもマア夫婦の子でもなかったとの結論に至っているのであれば、「母の死体のある隣の部屋に這っていった」とある「母」はシアの妻でもマアの妻でもないことになるが、被告東中野がこの「母」をシアの妻あるいはマアの妻と解しており論理破綻を来しているという外ないこと、他方、bayonetを「銃剣で刺した」と解すれば、上記矛盾も解消され、被告東中野が本件書籍において指摘した家族の総数に関する矛盾も解消されるとして、被告東中野の原資料の解釈はおよそ妥当なものとは言い難く、学問研究の成果というに値しないと言って過言ではない。
�当時「8歳の少女」が原告ではないとの理解が一般的であったとも、またフィルム解説文の「7、8歳の少女」は(銃剣で)突き殺されたとの理解が一般的であったとも言えない。
と相当性に関する被告らの主張は採用することはできないと述べた(判決28頁から31頁)。

イ 相当性は全く存在しないこと
 上記の原判決の認定からも明らかなとおり、被告東中野の「原告が『8歳の少女』ではない」という解釈は、そのように解すると他の資料との矛盾が生じるばかりか、資料それ自体の内容がきわめて不自然でかつ矛盾が生じることになるが、そのような点を無視すれば刺し殺されたと翻訳する余地がないわけではないといった程度にすぎず、原告が「8歳の少女」ではないと結論付けるに足る根拠とはなりえない。被告らは、原告に対して、さしたる根拠も存在しないにもかかわらず自己の尊厳を否定する内容の名誉毀損を行っていること自体、原告に与える精神的打撃はきわめて大きく、損害の算定に当たってもこの点を考慮するべきである。

ウ 被告東中野の史料解釈は恣意的でかつ自己矛盾に満ちている。
 原判決は「しかし他方、本件書籍それ自体は、その内容に対する評価はともかく、一応は南京事件の史料に基づく検証の結果を世に伝えることを意図するものと認められる(判決31頁)」としてその点も賠償額を算定にあたっての一要素としている。しかし、「検証」とは「�実際に調べて証明すること。�(論)ある仮説から論理的に導き出された結論を事実の観察や実験の結果と照らし合わせて、その仮説の真偽を確かめること(広辞苑第5版)。」であって、本件書籍該当部分を一見しても「南京事件の史料に基づく検証」とはおよそ言い難い。
 被告東中野によれば、「歴史学者として南京事件の研究に偶然入って、今年で18年になる。当然一つ一つの出来事の解釈にさいしては、あらゆる史料に基づきあらゆる角度から史料批判を行って、整合性のある解釈を追究して行くことになる。可能な限りすべての史料を並べて考察しようとするとき、被害者の証言もまた一つの研究史料となる。夏淑琴氏がいろいろなところで語っている証言もまた、史料批判の対象となる。被害者の証言といえど、史料批判は避けられないのである(乙37 5頁)」と述べる。 しかし、被告東中野は史料解釈にあたり、整合性を重視してもいないし、あらゆる角度から検討を加えることも行っていない。このことは、被告東中野が原告に対して反論の機会を与えていないことからも明らかである。
 ある人の名誉を毀損するということは、被害者の社会的評価に関する事実を摘示することであるから、その事実が真実であるかどうかは、被害者が必ず知っており、最大の証拠方法は被害者本人であるから、被害者に事情を聞くなり、真偽を質すなりすることが極めて重要である。仮に相手方に反論の機会を与えていない場合においても、判例にあるように、「相手方に反論の機会を与えていないときは、それらの者から可能な反論を予測し、これを視野に入れて考えた場合にも、なお調査資料の範囲とこれに基づく推論の手法に無理のないことを健全な常識と視野に入れて考えた場合にも、なお調査資料の範囲とこれにもとづく推論の手法に無理のないことを健全な常識と思慮を備えた一般人をして納得させるにたるものであること」(東京地判昭和58年6月10日)が必要である。しかし、本件において、被告東中野は原告に対して、反論の機会を与えていないばかりか、被告東中野の8歳の少女は夏淑琴ではないという自説に対する原告からの反論を全く視野にいれていないアンフェアのものであって、原告の被害をはじめとする南京大虐殺は存在しないという一方的な角度のみから検討をくわえているということは明白である。
 また、被告東中野はあらゆる史料にもとづいたかどうかについては、マギーの7番目のフィルム解説文(甲第51号症の1、2)において、7歳か8歳かの小さな女の子が銃剣で背中と脇とを刺されたとされている。あらゆる史料を検討し、史料相互の整合性を重視すれば、被告東中野のように「bayonet」を「刺し殺した」と解することができないのは明白である。
 更に、被告東中野は「8歳の少女」が原告ではないという結論にいたるまでに、他説の論拠や依拠する資料を充分に検討し夏淑琴が「8歳の少女」であるとする説に対してその論拠とする証拠を覆すに足る十分な根拠があるから、自説を述べたのではない。単に、誤訳によって「8歳の少女」がシアの子供でもない即ち原告ではないと言い得るから本件名誉毀損を行ったのである。このような執筆態度は極めて悪質であるから、賠償額の算定にあたってはその点も考慮されるべきである。

(3) 本件書籍の出版によって被告が得た利益が極めて大きいこと
 被告が準備書面(第4)「被告東中野は、憶測を排し、史料に基づく実証的検討を行った。その集大成である本件書籍は広く江湖の迎えるところとなった。…(中略)…本件書籍が広く江湖に受け入れられたことが契機となって、いわゆる「南京事件」についての実証的研究の機運が高まり、平成12年10厚、日本「南京」学会が発足した。同学会には「南京事件」研究をしている多くの研究者が参加することになり、被告東中野が同学会の会長に選ばれた。(1頁から2頁)」において述べるように、本件書籍は、被告東中野の南京事件まぼろし論者としての代表的な論客としての地位を不動ならしめたものであった。従って、被告東中野が自ら述べるように、本件書籍の執筆によって得た社会的利益は極めて大きいと言わなければならない。
 しかも被告東中野は、原判決が出された2007(平成19)年11月2日以降においても、南京事件の事実を否定する代表的論者として旺盛にメディアに登場している。すなわち被告東中野は、後述するとおり11月14日発行「別冊正論Extra.08」(産経新聞社。甲第56号証)、12月15日発行「WILL12月号増刊」(ワック。乙第39号証)、及び同じく12月15日発行別冊宝島「『南京大虐殺』という陰謀 中国プロパガンダの正体」(宝島社。乙第40号証)などで大々的に登場し、南京事件がなかったとのプロパガンダを繰り返している。
 このような「大活躍」は、被告らも認めているようにまさしく本件書籍で被告東中野が一躍「名を馳せた」ことに起因するものであって、被告東中野は本件書籍によって多大なる利益を得ている。このような被告東中野の「成功」は、まさに南京大虐殺の代表的証言者たる原告への名誉毀損を踏み台にしたからこそ可能だったものと言わなければならない。原判決の認容額が、こうした被告東中野の「大活躍」を、適正に評価したがゆえのものだったとは解しがたい。

(4) 被告展転社が名誉毀損出版物を平然と販売し続けていること
 被告展転社は、本件書籍以外においても南京大虐殺の事実を否定するための書籍を多数出版している。その中の一つとして、松村俊夫著「『南京虐殺』への大疑問」なる書籍があった(以下「松村本」という)。この松村本の中で松村は、原告と同じく南京大虐殺の代表的証言者であった故・李秀英に対して、「もう一人の李秀英」、「同一人であるとの保証がない」、「実体験でない証拠」、李秀英はニセ被害者として「仕立てられただけ」などと記述し、李秀英をニセ証言者だとする名誉毀損行為を行った。
 李秀英はこれに対し、1999(平成11)年に松村と被告展転社に対して名誉毀損訴訟を提起した。そして地裁高裁ともに李秀英に対する名誉毀損の事実を認定し、松村と被告展転社に対して損害賠償の支払を命じた。松村と被告展転社は最高裁に上告していたが、2005(平成17)年1月20日付で最高裁は上告棄却、上告受理申立不受理の決定を行い李秀英の勝訴が確定した(甲第56号証)。このことによって、松村本の名誉毀損の事実が不動のものとなったことになる。
 ところが被告展転社は、こうして同書籍の名誉毀損の事実が確定したにもかかわらず、書籍の記述内容を変更することもなく、従前と同様に松村本の宣伝販売を続け、李秀英が亡くなったあとも同人に対する名誉毀損の違法行為を平然と続けている。例えば乙第39号証の前述の「WILL12月号増刊」の100頁には、被告展転社の書籍の広告宣伝が掲載されているところ、その中段の左端に、本件書籍と並んで松村本の広告が載せられている。
 このように被告展転社は、最高裁で名誉毀損の事実が確定した書籍についてすら、その内容を訂正することもせず平然と販売行為を続けるという悪質極まりない出版社である。本件で原告が被った損害額を認定するに際しては、このような被告展転社の悪質性も十分考慮に入れられなければならない。
 本件でも、原告が南京の人民法院に名誉毀損訴訟を提起した2000(平成12)年11月以後、2001(平成13)年に本件書籍の台湾版(繁体字中国語版)を被告東中野は発行しているし、2005(平成17)年には英語版も発行されている。さらに、被告東中野と被告展転社が東京地裁に債務不存在確認訴訟を提訴した2005(平成17)年1月のあとの同年6月9日に、被告らは本件書籍の5刷を増刷していたことは、原判決も指摘していたとおりである(31頁)。
 
(5) 本件書籍の出版によって原告がこうむった損害が極めて大きいこと
ア 原告に対する社会的評価の低下が甚大であり、生じる社会生活上の不利益が大きいこと
 原告は、中国で晩年を過ごす全くの一般私人であり、政府の要人などのような公人ではない。ただ、異なる点は、幼い頃に、旧日本軍の行為によって、孤児となり、その自己が受けた被害について、証言活動を行っている点が一般人とことなるに過ぎない。
 原告は既に退職をし、社会とのもっとも重要な接点は、南京大虐殺の生き証人として、証言活動を行っているということであるところ、被告らが、まったく真実性が欠けているにも関わらず、原告をニセ被害者であるとしたため、原告の社会的評価が大きく低下をした。原告の今後の証言活動に影響がでることは想像に難くない。しかもその被害は、日本国内だけでなく台湾(繁体字中国語版)や海外の図書館や大使館(英文版)など、もはや把握することも困難なほどの全世界的規模にまで広範に及んでいることも考慮されなければならない。

イ 本件書籍出版後の被告らの態度も徒に原告の神経を逆なでするものであること
 原告は、2000年に、南京市玄武区人民法院に被告らと訴外松村を提訴したが、被告らは4回の審理をいずれも出席しなかった。しかし、この間、被告らは、本件書籍の出版を続けるとともに、被告東中野は、原告に対して「私を訴えた南京事件“虚殺”目撃者こそ“虚構の産物”だ(2001年8月8日)」という表題の記事を記載した。ここでいう、「目撃者」とは、文中で夏淑琴であることは明白であるから、ここでも、被告東中野は、原告が目撃したのはニセの殺人であり、目撃者こそ虚構の産物であると指摘したのである(甲第13号証)。
 のみならず、被告らは、名誉毀損の加害者であるにもかかわらず、原告に、平成17年1月28日債務不存在訴訟を提起した。本件書籍出版後の被告らの態度は、甚だ挑戦的で、原告の神経を逆なでするもの以外ではない。このように、被告らの対応は本件名誉毀損をおこなった後も悪質であると言うべきである。

ウ 原告らは本件訴訟において、多大な負担を強られているものであること
 原告側は、本件訴訟に応訴することによって、来日費用、弁護士費用、通訳費用、弁護士の調査費用など多大な費用を負担することを余儀なくされているものである。
 そもそも明らかな名誉毀損行為を行った被告らが提訴した訴訟であり、原告に何ら落ち度は存在しないこと、原告は中国人であり、日本での応訴は経済的にも負担が大きいことを考慮するべきである。 

エ 「セカンドレイプ」としての精神的苦痛の甚大さ
 原告は、1937年の南京大虐殺当時、9人の家族のうち7人を残虐極まりない方法で虐殺され、自分自身も日本兵によって三個所も銃剣で刺されて九死に一生を得るとともに、幼い妹と二人だけの天涯孤独の身とされた。この事件によって原告が被った精神的苦痛の大きさは、通常人の想像を絶するほどの甚大なものだったはずである。
 特に中国社会では、我が国における以上に家族や親族関係を尊重するという文化があり、正月などのイベントのあるたびに家族や親戚が集まって団欒の時を過ごす。しかし原告と妹は、親族に引き取られたものの、生活は苦しく十分な教育を受けることもできなかった。事件によって原告と妹の生涯は、大きく狂わされることになった。こうした生涯がどれほど苦難のものであったのかも、筆舌に尽くしがたいものがある。
 原告は、このような多大なる精神的な打撃を乗り越え、南京大虐殺の被害者として証言することにその生涯の価値を見出してきた。それこそが、虐殺された家族に対する供養であり、恵まれなかった自分の生涯における最大の人格的価値であった。南京事件の証言者としての原告の活動は、まさに自分自身の味わってきた精神的苦痛を克服するための重要な人格的尊厳の中核だったのである。
 ところが被告らは、こうした原告の証言活動をニセモノ扱いした。これは、原告の人格的価値の根本を毀損する行為であり、原告のこれまでの人生自体を否定し、ひいては亡くなった家族を始めとする南京大虐殺の犠牲者たち全員を侮辱する行為である。被告らによる今回の違法行為は、謂わば原告に対しかつての南京大虐殺のときと同程度の被害、すなわち「セカンドレイプ」を行ったに等しいほどの甚大な精神的苦痛を与えたのである。
 そうであるなら、原告に対する名誉毀損及び名誉感情侵害の程度を評価するに際して、その額が350万円に留まるものであるなどとは、到底思われない。少なくとも原告の主張にかかる金1300万円(外国語版を含む)を下回ることなどあり得ないものと言うべきである。よって、この点でも原判決の認定には明白な過誤がある。

(6) まとめ
 これまで述べたとおり、上記の被告東中野らが原告に対する名誉毀損を行った動機・目的、本件書籍の内容が原告に対する個人攻撃的表現を含む不適切な表現であること、真実性が完全に欠如し、相当性についてもおよそ認められないという全く根拠を欠いた名誉毀損として極めて悪質であること、被告東中野が本件書籍の出版により得た利益が大きいこと、被告展転社の悪質性や、原告が被った損害の程度が著しいなどの種々の事情がある。
 以上のようにして原告に生じた損害の額は、評価することは容易でないほど重篤かつ甚大である。一方、被告らは故意に行っており、真実性も欠如し、行為後の態度も悪質である。これを慰謝するのに必要な金額は、少なくとも反訴請求にかかる金1300万円を下回ることはないものと言うべきであり、弁護士費用として別途金200万円を要するものと言わなければならない。

4 本件判決が謝罪広告を認めなかったことは違法であること

(1) 原判決の要旨
 原判決は、本件書籍中に原告に関する記述が一部であること、本件記述は、一般大衆の目に触れる新聞、雑誌等の媒体に掲載されたものではなはないし、本件書籍は、その内容からして、読者層が一定の範囲に限定されるから客観的な影響力はさほど重大なものではないとして、多くの国民の間において原告の社会的評価を相当程度に低下させたとまでは認められず、今後そのような具体的危険も認められないとした。

(2) 加害者の情報伝達が払拭されたとは到底いえず、現状回復が必要であること
ア 被告東中野の影響力は極めて大きい一方で原告からの働きかけによって原状回復を行うことは困難であること
 本件において、謝罪広告を認めなければ、原告の被害は救済されない。原告は中国に在住しており、老齢であるため、頻繁に来日することが肉体的にも困難であり、また既に退職し年金で生活していることから来日することも経済的にも困難であるから、被告東中野らが現在も日本で行っている名誉毀損に対して、言論をもって、対抗することが極めて困難な状態にある。
 一方で、被告東中野は、亜細亜大学の教授であり、社会的地位も、職業上の社会的信用もきわめて高く、「南京大虐殺」否定論者の先鋒として、その言説は広く流布されている。実際、本件判決以降においても、被告東中野は、下記の雑誌において、南京大虐殺否定論者の論客として執筆や対談を行っており、被告東中野は、「南京大虐殺」否定論者の代表的な論客としての影響力は何ら衰えていない。即ち、

2007年11月14日別冊正論(発行部数5万部。甲第56号証)において
   「やっぱりなかった大虐殺−南京攻略戦、真実の証言」
   「『南京事件』証拠写真の真贋を徹底検証する」
   「中国国民党の極秘文書が証す『南京大虐殺』という虚構宣伝」、
 
 2007年12月15日発行「WILL12月号増刊」(乙第39号証)においても、
   「『大虐殺』捏造を生んだもの」
   「映画『南京』から見えるもの」として対談を行っている。

 更に、2007年12月15日発刊別冊宝島において「『南京大虐殺』という陰謀 中国プロパガンダの正体」(乙第40号証)として、
 「亜細亜大学東中野修道教授に聞く PART 1 Q&A大虐殺はなかったのか?」
 「亜細亜大学東中野修道教授に聞く PART 2 Q&A 略奪、強姦はなかったのか?」

というインタビュー記事が掲載されており、別冊宝島は、様々なトピックを取り上げ多くの読者層をとりいれ通算1400巻を数える一般大衆雑誌であることからも、読者層は、特定の読者に限定されず、広く一般の読者を狙いとしたものである。これらの雑誌の出版中も、本件書籍は発行され続けるものであって、これらの雑誌をきっかけとして、被告東中野の本件書籍の読者が増大することはゆうに想像することができる。
 原判決は、本件書籍の読者層が一定の範囲に限られるとしているが、南京大虐殺否定論が広く世の中に跋扈している点からも読者層が一定に限られるという理解は誤っている。上記のとおり、被告東中野の影響力からしても、読者層が一定の範囲に限定されたものとはいえず、時間の経過に従って消滅するものとは考えられない
 このように、被告東中野が日本人であり、著名な大学教授で南京大虐殺の否定論者の代表的な論客であるという社会的影響力と自己の主張を展開する手段が豊富に確保されている一方において、原告は中国人の老人であり、日本に来ることはきわめて困難で反論し続けることが極めて困難であるという点からすれば、前述のように被告展転社が本件書籍の出版を中止するとは思われない以上、謝罪広告を認めなければ、原告の名誉を真に回復させることはきわめて困難であるといわざるをえない。

イ 被告らは今後も本件書籍を出版し続けることから損害は拡大すること
 原判決は、「多くの国民の間において原告の社会的評価を相当程度に低下させたとまではみとめることはできないし、今後、そのような具体的危険が生ずるとも認められない。」としているが、原判決は誤っている。 原判決が言い渡された後も、本件書籍は出版されており、損害は拡大している。なお前述のWill増刊号において、本件書籍が紹介され「『南京虐殺』の徹底検証」「今まで南京大虐殺の証拠として考えられていた資料はほとんど誤読によるもの。主に史実資料を検証して新しい解釈を加えた(123頁)。」として本件書籍の宣伝が行われている。また、同雑誌上において、被告展転社は、本件書籍を「関係各国の公文書や外国報道等のオリジナル文献にもとづき、全争点を徹底的に検証。不毛の論争に終止符を打つ」と宣伝している。このように、被告東中野及び被告展転社は原告に対する名誉毀損表現を削除することなく、本件書籍の出版ばかりかその宣伝までを行っており、原告に対する名誉毀損を行ったことに対する反省の念は微塵もない。第一審判決後も被告らの名誉毀損行為は継続しており、被告らも本件書籍の出版のみならず宣伝を行っているため、原告の社会的名誉の毀損は徒に低下し続けているのである。被告らのこのような悪質性に鑑みれば将来にわたって名誉が毀損される具体的危険が存在するというほかなく、この点原判決は誤っている。 

(3) 小括
 したがって、最低限国内の全国紙(朝日新聞、毎日新聞、日本経済新聞、読売新聞及び産経新聞)に対する謝罪広告がなされなければ、原告の被害回復はされないものというべきである。
以上

 
< 前へ   次へ >