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名誉毀損訴訟は1回結審

各位

 本日行われた本多勝一名誉毀損訴訟,通称「百人斬り訴訟」の東京高等裁判所での第1回口頭弁論期日が,東京高等裁判所の818号法廷で開かれました。その模様をご報告します。

 一言でいうと,実に面白かったです。見られなかった方は残念でした。

 まず第一に,あの稲田朋美国会議員大先生が登場しました。しかも驚いたことに,胸には弁護士バッジの替わりに国会議員バッジが輝いていました。ここを一体どこだと思っているのでしょう。

 高裁第22民事部の石川善則裁判長は,「通常の手続の終了後に,各代理人について5分以内で,口頭で補充することがあれば補充して下さい。もちろん,特に言うことがなければそれでも良いです」と前置きしたうえで手続に入りました。ゆっくりと淡々と喋り,一つ一つの手続を確認し吟味しながら訴訟指揮している様子でした。十分準備をしてから臨んでいるように見えました。

 控訴人ら(一審原告ら)の側の「控訴の趣旨」を確認したあと,被控訴人らである本多さんの代理人(渡辺春己弁護士ら),朝日新聞の代理人(秋山弁護士ら),柏書房の代理人(岡田弁護士ら)と毎日新聞の代理人(豊泉弁護士ら)が,それぞれ控訴の趣旨に対する答弁,すなわち「本件控訴を棄却する」との判決を求めることを陳述しました。面白くなったのはその後からです。

 実は控訴人らは,今回の控訴の理由を述べる書面として,まず昨年10月25日付で「第1準備書面(控訴理由書)」を提出し,次に2月17日に「第2準備書面」を出してきました。これらの書面のうち前者の「第1準備書面」は高池勝彦弁護士が書いたものと思われ,次の「第2準備書面」は稲田朋美大先生が書いたと思われるものです。ところが裁判所は,この二つの準備書面のうち,「第2準備書面」についての記述のうち一部分を「陳述」しないという扱いにしたのです。
 本来,民事訴訟というのは「口頭弁論期日」というように,「口頭」で,すなわち喋ることで裁判を進めていくのが原則です。したがって,本当なら事前に書いてきた書面も全部法廷で「口頭弁論」つまり読み上げるという作業を行わなければなりません。しかし,大量の書面をいちいち法廷で読み上げていたら,いくら時間があっても足りません。そこで,事前に準備してきた書面すなわち「準備書面」を「陳述します」ということで,実際には読み上げてはいないのに読み上げたことにするのです。これが「陳述」の意味です。
 稲田大先生が書いたと思われる問題の「第2準備書面」には,「一」から「三」まで全部で三つの項目がありました。その内容は,「一 事実摘示の内容」,「二 原告らに対する人格権侵害の成立について」,「三 おわりに」という構成になっていました。ところが裁判所は,この三つの項目のうち「一」と「二」については陳述を認めるが,「三」については陳述を認めないとしたのです。そのときのやりとりです。

 裁判長 :「第2準備書面については,『一』と『二』について陳述してもらいます。」
 稲田 :「どうしてですか?」
 裁判長 :「『三』には,適切な表現ではないところがあるからです。」
 稲田 :「それはどこでしょうか。」
 裁判長 :「あえて申し上げる必要はないと思います。弁論の趣旨に関わることではなく意見だと思われる部分です                    し。」
 稲田 :「それでは,あとでその部分を口頭で述べるのは構わないですか?」
 裁判長 :「それは構いません」

 裁判所が「適切な表現ではない」とした部分がどこだったのかについては,後述します。
 その後,双方が控訴審での証拠の提出と原本確認を行いました。

 そして問題の,人証申請の採否の部分に移りました。控訴人らは,高裁になってから改めて9人の証人申請,控訴人ら3名(田所千惠子,エミコ・クーパー,野田マサの各控訴人)及び被控訴人本多勝一の本人尋問を請求してきていました。この人証申請について,被控訴人ら代理人は,いずれも「不要である」と意見を述べました。1審の地裁で十分調べたから,もうこれ以上証人調べ等をする必要はないということです。一方,地裁の判決を引っ繰りかえしたい右翼の側は,執拗に証人尋問を要求します。

 ここで稲田大先生は,準備書面の内容を口頭で補足するとして意見を述べました。ところがその内容は,「準備書面の一部分について陳述を許さない裁判所の姿勢は不当だ」と述べたうえで,裁判所が陳述を許さなかった当の「三 おわりに」の内容を,法廷で全文朗読しだしたのでした。そこには,以下のような下りがあり,この部分を裁判官が「不適切」だと判断したものであったことは明らかでした。

 「良識ある日本人であるなら,『日本刀で100人以上の中国人を斬り殺す』などということがいかに荒唐無稽な作り話であるかを一瞬にして見抜くことができるはずであるが,原審の裁判官らはその荒唐無稽さが理解できないくらい目が曇っているのか,それとも3人の名もない高齢の女性たちの人権を擁護する判決を書いた場合の社会的影響の大きさを政治的に判断した結果なのか,結果として極めて理不尽な結論を出した。」

 この言い方によれば,要するに原審の裁判官の「目が曇っている」というのであり,そうでなければ「政治的」な判断によって判決内容を歪めた,というのです。このような,裁判官を愚弄するような表現に対し,高等裁判所の裁判官たちが露骨に嫌悪感を示したことは明らかでした。ところが,陳述させなかったその部分について,あろう事か法廷で堂々と朗読したのですから,こうしたやり方に対しますます裁判所が不快感を覚えただろうことは想像に難くありません。裁判所の心証を害するようなことをしてどうするんだろう,と逆にこちらの方が心配になってしまうようなやりとりでした。

 これに対して,本多さんの代理人である渡辺春己弁護士が,「原審の判断は適切であり違法はない。また,原審は百人斬りの事実の有無について,当時の客観的資料によって十分に認定できるとしたのであり,それは適切な判断であった。当審においても,当時の客観的な資料によって百人斬り競争が虚偽だったかどうかを判断すれば足りるのであり,したがって当審での証拠調べも必要ない」と意見を述べました。また毎日新聞の豊泉弁護士は,「控訴人らが申請している証人の多くは,いずれも直接体験した事実を語るものでなく,意見を述べる鑑定意見的なものであるから,証拠調べは不要である」と述べました。
 これを受けて裁判所は,「それでは証人の採否について合議します」と言って,一旦退廷しました。「合議」というのは,3人の裁判官が意見を出し合って意思統一することです。

 数分後,3人の裁判官が法廷に戻ってきました。石川善則裁判長が,「合議をしましたが,申請の証人,本人尋問ともに必要ないものと考えます。これで口頭弁論を終結します。」と述べたところで,おもむろに高池弁護士が立ち上がり,「裁判長。私たちは裁判官を忌避いたします。」と述べたのでした。
 「忌避」とは,裁判官が公正でない判断をすると思われる事情がある時に,そうした裁判官の裁判を受けることを拒絶する制度であり,民事訴訟における最後の抵抗手段です。忌避の申立がなされると,一切の訴訟手続が停止され忌避に理由があるかどうかについて別の部の裁判官が審理することになります。これは即時抗告をして最高裁まで争えますが,実際に忌避の主張が通ることはまずあり得ません。

 この忌避の申立に対して石川裁判長は,「口頭弁論終結後の忌避ですよ」と確認のために述べたうえで,判決期日の言い渡しをせずに退廷しました。
 これはどういうことかというと,高池弁護士が忌避の申立をした時点では,すでに裁判長が「口頭弁論を終結します」と言ってしまった後でした。すなわち,結審後の忌避というわけです。この忌避については,忌避に理由があるかどうかがこれから高裁の別の部で審理されますが,最高裁まで争ってもいずれ却下されるでしょう。問題は,却下後の手続なのです。
 本件の場合,すでに結審を済ませていますから,忌避が却下されたあと裁判所は改めて口頭弁論すなわち裁判を再開する必要がなく,判決言い渡しだけをすればいいことになります。ところが,仮に結審の前に忌避されていたなら,まだ裁判が終結していませんから,裁判所は結審をするためにもう一度口頭弁論を開かなければならないことになったわけです。したがって,忌避を予定している場合には,証人申請が却下されたあと,「結審します」と言われてしまう前までに絶対に忌避申立をしなければならず,あとからでは手遅れになってしまうのです。この肝心なタイミングを逸した今日の忌避は,非常に不可解なものでした。そのため裁判長は,高池弁護士による忌避の申立に対し,「口頭弁論終結後の忌避」であることを冷静に確認したのです。

 以上が,本日のやりとりです。裁判所は,明らかに事前に準備をしてシナリオを想定して臨んでいたようでした。1回結審を選択した決断力は見事だと思います。裁判長は,最後まで慌てることなく淡々と進行させていました。忌避の申立もあり得るものと想定していたようです。

 今後の進行ですが,一応忌避の申立をした以上,控訴人側は3日以内に忌避の理由を書いた書面を提出しなければなりません。しかし,証拠決定などの訴訟指揮を理由としては,忌避の申立はできないのです。「判例は一貫して訴訟指揮が忌避事由にあたらないとし,学説もこれを支持する」(伊藤眞『民事訴訟法[第3版]』有斐閣,76頁)というのが実態です。したがって,控訴人側の主張はいずれ全て却下されるでしょう。時期はまだ未定ですが,その後に判決期日が指定され,原判決を維持した判決が出されることになると思います。最高裁で忌避が却下になるまで2〜3ヶ月,その後に判決期日が指定されることになるという段取りかと予想されます。

 以上,高裁での審理の様子についてご報告いたします。判決言い渡しを楽しみにしてお待ち下さい。

最終更新日 ( 2008/06/17 火曜日 06:17:59 PDT )
 
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